な行

急行日南号◆トレインマーク!

急行日南号の簡単な解説

◆ 博多~西鹿児島を日豊本線経由で結ぶ夜行急行、また門司港・小倉・別府~宮崎を結ぶ昼行急行として活躍した列車。この「九州内急行」としての始まりは1975年3月からで、電車による昼行急行の終焉は意外と早く、1982年11月15日改正で夜行のみ存続した。客車による夜行急行日南は1993年3月18日改正時まで活躍し、その編成は10系客車から写真の20系+12系、さらに24系25形+12系へと徐々にグレードアップ。少しずつ時間差で往年の寝台特急を楽しむような感覚の急行列車だった。

実のところ、上記「急行日南」号は3代目の形態である。

【初代】1960年6月1日改正で別府~西鹿児島(現・鹿児島中央)間の準急として登場。その後、1966年3月5日から急行に格上げされた。1963年5月8日の日南線全通時には付属編成が日南線~古江線(後の大隅線)・鹿屋発着となって、多層建て列車として華やかな時期を迎えた。

【2代】1968年10月1日改正には、夜行急行の愛称として抜擢。京都・新大阪・大阪~宮崎・都城・延岡(不定期)を結ぶようになった。10系客車・スハ43系などによる編成で、1975年3月10日改正で急行くにさき号と改称するまで活躍した。寝台特急彗星号の全盛期を迎えるころで、愛称が変わってでも存続できたことにむしろ驚きを感じる。この列車に関して特筆すべき話題となったのは1973年10月改正からの牽引機。下りの日南3号の宮崎以南の牽引を担ったのがC57形。これが国鉄最後の蒸気機関車牽引定期急行であり、1974年3月で終了した。

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急行日南号のトレインマーク

急行日南号テールマーク◆ 急行日南号にイラスト入りテールマークが採用されたのはもちろん3代目の夜行列車時代である。20系になってしばらく「急行」表示の期間を経て後のことだ。20系時代のイラスト・テールマークは左右に2本ずつのヤシの木があり、雲も大きく広がっていたが、24系25型化されてからはコンパクトにまとまったデザインになっている。

・1993年3月18日改正でドリームにちりん号として格上げされ、寝台の無い夜行列車になった。座席車にとってはサービス向上、寝台からすればサービス低下となった格上げだっただろう。

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