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特急ひばり号◆データファイル

⇒ 特急ひばり号のヘッドマーク事典はこちら

特急ひばり号の簡単な解説

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◆上野~仙台を東北本線経由で結ぶ特急列車として1982年まで運転されていた特急ひばり号。

特急街道・東北本線にあっても最大勢力を誇り、一時は15往復を誇ったが、東北新幹線開業時に14往復から8往復に削減、そして同年11月のダイヤ改正の際に姿を消した。

※写真提供:歩王のれっつらご~ 様ほか特急ひばり485-300

*追記* 2016年6月18日に仙センの485系国鉄色ラストランイベントで「特急ひばり号ヘッドマーク」を掲げて仙台⇒郡山の運転を実施。翌19日のつばさ号マークでの運転を最後に485系原型車両の営業運転は終了した。

特急ひばり号のデータファイル

【登場時:1961年10月1日ダイヤ改正】実際の運転開始は1962年4月27日~
・・・●運転区間:上野~仙台(不定期) 使用車両:キハ82系 所要時間:4時間53分
【1963年10月】定期列車化。
【1965年10月1日(盛岡電化完成)】483系電車投入。1往復増⇒2往復に。時間短縮:4時間35分に。
【1967年10月1日】1往復が東京発着に変更。
【1968年10月1日改正】3往復増⇒5往復に。時間短縮:最速3時間53分に。編成短縮:10両⇒9両。
【1969年3月改正】季節列車1往復増。
【1969年10月1日改正】季節列車を定期化⇒6往復に。
【1970年7月1日改正】一部列車が12両編成に。
【1970年10月1日改正】1往復増⇒7往復に。
【1972年3月15日改正】2往復増⇒9往復、+季節2往復に。583系使用開始(13両)。
【1972年10月2日改正】季節2往復を定期化⇒11往復に。自由席設置し、エル特急に指定
【1973年4月1日】東京駅乗入れ中止。
【1973年10月1日改正】2往復増⇒13往復に。
【1978年10月2日改正】2往復増⇒15往復に。速度調整:所要時間が4時間15分に。
・・・583系運用終了。⇒485系12両編成に統一。
・・・イラストヘッドマーク採用(第一期マーク)
【1980年10月1日改正】1往復減⇒14往復に。
【1981年10月】食堂車の営業を一部列車で休止。
【1982年6月23日改正(東北新幹線大宮開業)】6往復減(新幹線あおば号に変更)⇒8往復に。
【1982年11月15日改正】定期列車は廃止
・ 臨時列車の「ひばり51(53)・52号」のみ存続。

【1985年1月6日】臨時特急ひばり号最終運転日(と思われる)。

◆特急ひばり号の画像

ボンネット型特急ひばり号・鉄道博物館・画像提供:てつ様・K-office様(無断使用・転載厳禁)
はるか昔に廃止された「過去の列車」であるひばり号も、さいたま市大宮の鉄道博物館に行くとボンネット型の姿に出会うことができる。臨場感たっぷりで、特急あいづ号のヘッドマークに取り換えようとしている駅員さんの姿を再現しているところが面白い。

一方、現役時代を振り返ってみると、上野駅特急ホームの薄明かりの中にあっても特急ひばり号の存在感は群を抜いていたように思う。「いつ上野駅に来てもL特急ひばり号がいる」と言っていた当時の見知らぬ少年の言葉は過大表現とはいえない気がした。これぞエル特急と呼ぶにふさわしい存在だった。毎時ごと同じ分になるとそこにいる、次々とやってくる、本当にあの頃は華やかだった。上野駅の特急ひばり号

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