急行比叡号の簡単な解説
◆名古屋~大阪を結んで運転された列車で、1957年11月に準急列車として愛称を採用、1965年には急行としてデビューした。最盛期には8往復もの運転本数に膨れ上がったが、新幹線の増発や近鉄が標準軌化を実施して名阪特急が一層確立されたことなどの要因が重なり、その存在意義はどんどん薄れ、急行衰退の流れに呑まれるまま1984年に廃止となった。
◆急行比叡号の画像
80系電車から153系を経て、最終的には165系電車で運転されていた急行比叡号だが、その頃には1往復という寂しい状況になっていた。
画像は大阪駅9番線ホームにて出発を待っている上り急行比叡号。1982年の姿だ。この当時、もし目の前で急行比叡の扉が閉まって乗り損ねたとしても、5分後にとなりの8番線から発車する京都行きの新快速に乗車すれば京都駅で追いつけるという逆転現象が実際に起きていた。
◆急行比叡号のデータファイル
【登場前:1957年11月】準急として登場
・ ●運転区間:名古屋~大阪 運転本数:3往復 使用車両:80系電車
【1958年10月改正】準急比叡号が2往復増発⇒5往復に。
【1959年4月4日~】順次153系電車への変更開始。(6月20日完了)
【 同年9月22日改正】準急伊吹号が2往復
~~この間も徐々に増発か。
【1961年10月改正】8往復に。
【1964年10月改正】準急伊吹を統合。(本数は不明)
【登場時:1965年10月改正】急行化
・ ●運転区間:名古屋~大阪 運転本数:4往復 使用車両:153系
【1972年3月改正】ビュフェの廃止。2往復廃止⇒2往復。
【1980年10月1日改正】1往復廃止⇒1往復に。
【1984年2月1日改正】廃止。
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