特急北近畿◆トレインマーク&データファイル!

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特急北近畿号の簡単な解説

特急北近畿・大阪駅
◆ 新大阪~福知山・豊岡・城崎温泉を結ぶ特急として1986年以来長らく活躍してきた特急北近畿号。だが、2011年3月のダイヤ改正以降は特急こうのとり号に愛称変更されて姿を消した。

・北近畿ビッグXネットワークを構成する列車のひとつで、その中でも電車特急として登場したのが最も早かった。登場当初は新幹線接続をほとんど考慮されておらず、7割が大阪駅発着、3割だけが新大阪発着だった。

・それまで運転していた特急まつかぜ号(米子駅発着)を大幅短縮、急行丹波、急行だいせん(昼行)を統合した形で登場した列車だ。

◆特急北近畿号のトレインマーク

特急北近畿HM特急北近畿号・初代トレインマーク
・後に特急こうのとり号という愛称に変更されたことからもわかるように、この地方はコウノトリの生息地として有名で、そのことをPRしたい地元の思惑が鉄道にも影響を及ぼしてきた。初代トレインマークのイラストはまさにそのコウノトリが中心に描かれている。しかし、北近畿ビッグXネットワークという取り組みの中で、特急北近畿号もトレインマークをこの統一タイプに変更することになった。列車が結ぶ大阪と城崎をシンプルに描いたマークだが、よく見ないとわかりづらく、実用的な意味合いは薄かった。やがて、コウノトリのイラストがなくなった「北近畿」号は地元の特徴をPRする点で役に立っていないということか、愛称そのものを変更してほしいという要望に発展していった。
・使用した車両は183系だが、その姿は従来の183系とは異なっている。それもそのはず、この車両のほとんどは余剰が出ていた485系車両の交流機器をはずして直流区間専用車両に改造したものであり、外観はほぼそのままの状態だからだ。そして、当初は485系として北近畿号でも走っていた。 したがって、運転席の上にヘッドライトがついているなどの点で183系らしくない。あと、前面に単式の貫通扉がついた車両も登場した。

◆特急北近畿号のデータファイル

【登場時:1986年11月1日】
・・・運転区間:新大阪・大阪~福知山・城崎 運転本数:10往復(うち2往復不定期)
【1988年7月16日改正】特急北近畿に特急エーデル丹後(大阪~天橋立・キハ65形)を連結。1往復運転開始。
【1989年3月11日改正】特急エーデル鳥取を新規設定(大阪~倉吉・1往復)。それにより特急北近畿を1往復減⇒9往復に。
【1990年3月10日改正】特急エーデル北近畿を新規設定(大阪~福知山・浜坂・1.5往復)。それにより特急北近畿を1.5往復減⇒7.5往復に。
【1993年3月18日改正】特急北近畿:7往復、エーデル北近畿:2往復 に。
【1995年1月17日災害】阪神・淡路大震災により運休。
【 同年1月21日】全線で運転再開。
【1996年3月16日改正】
・・・特急北近畿のすべてを新大阪発着に統一。6.5往復。
・・・ヘッドマークを北近畿ビッグX統一仕様に変更。
・・・「エーデル丹後」の廃止に伴い、特急タンゴディスカバリーが福知山線内での併結相手となる。
【1999年10月2日改正】エーデル鳥取・エーデル北近畿廃止に伴い特急北近畿8往復に。
【2002年10月5日改正】2往復増発⇒10往復に。
【2004年10月16日改正】急行だいせん廃止に伴い、新大阪→福知山に1本増発⇒10.5往復に。
【2005年4月25日事故】JR福知山線脱線事故のため、6月18日まで新大阪~福知山が運休。
【2007年3月18日改正】全車禁煙化。
【2010年3月13日改正】エル特急の種別廃止。
【2011年2月28日】車内販売を終了。
【 同年3月12日改正】愛称を「北近畿」から「こうのとり」に変更。

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