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急行ばんだい号◆データファイル

急行ばんだい号の簡単な解説

◆ 上野~会津若松を結ぶ急行として1961年10月1日で登場し、1984年2月1日改正で廃止されるまでの22年ほど活躍した急行ばんだい号。ルーツとなるのは上野~仙台間に運転されていた急行吾妻号の付属編成で、郡山~会津若松間を普通列車として運転していたものだ。それを急行に格上げするに際し、命名したのが急行ばんだいとなった。

実のところ、それまでも「ばんだい」の愛称は準急列車としてその時すでに存在しており、従来の準急ばんだい号は同区間を走っていた準急ひばら号に吸収される形で、間を置くことなく急行に移行した。しかし、新たな急行ばんだいも所要時間において準急と大差なく、設備も一部車両を除くと大きな違いはなかったという。

1962年5月、増発する第2ばんだい号に初めてキハ58系を投入して気動車化されたが、客車で運転する列車も引き続き存在し、電化完成に伴う1967年7月ダイヤ改正まで気動車と客車の共存状態が続いた。

大きな変化となったその改正で4往復すべてが455系6両の電車編成とされ、その大半は急行いわて、急行吾妻、急行まつしま、急行ざおうといった列車たちとの併結運転で組み合され続けた。最速列車は4時間強となり気動車時代からは1時間、客車からは1時間半近い短縮を実現したが、最後まで4時間の壁を超えることはできなかった。今ではこの壁は北海道新幹線の話題について回るのだから、隔世の感がある。

特急あいづ号の登場

急行ばんだい号が電車化によって一気にスターの座に就いたと思われたのもつかの間、その翌年は485系特急あいづ号が登場した。一往復だけの設定だったので見事に両立していたと言えそうだ。もちろん所要時間は特急あいづの方がはるかに短く、3時間半に迫るレベルだった。

急行ばんだいが最期を迎えたのは東北新幹線大宮開業時ではなく、それから一年以上後の1984年2月改正時。磐越西線内運転の快速列車として再編されて、ばんだいの愛称もここで消滅した。ちなみに、特急あいづの方はその後も細々と生き残り、10年以上もそのままで走り続け、さらに磐越西線内の特急ビバあいづへと姿を変えて生き延びた。

急行ばんだい号のデータファイル

【登場時:】運転区間: ~ (往復)
・   使用車両:(両)

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