鉄道旅行記

【1988年8月15日】稚内から急行天北の旅

乗り遅れるなよ!

稚内駅前に戻ってきた僕はちょっと慣れた手つきで輪行袋を開いた。
さっさと自転車を解体し、フレーム、フォーク、ヘッドパーツ、ホイール、
ハンドル、サドル、ペダル・・・とひとつずつ確認していった。
すべてをしっかり袋に詰めて中身を固定した。よし、バッチリ!。

そう。パーツについてはしっかり確認したのだ。
(この意味ありげな言葉の意味は午後8時の中湧別駅で・・・)

準備が整った時、時刻は11:48分になっていた。出発まで10分を切った。
急行天北号の改札はとっくに始まり、自由席はほぼ満席だった。
時間ぎりぎりだったため、まさかの立ち席か?と不安がよぎる。

さて、急行天北は昼間の急行なのに元特急型の14系客車を使用している。
夜行急行利尻の間合い使用とはいえ、ちょっと贅沢な列車だ。
なのに立ち席はいやだなとドキドキしながら車内を歩いていると、
何とか席をひとつ見つけることができた。

座席を確保できたので輪行袋をデッキに固定し、もう一度KIOSKに向かった。
おいしそうな駅弁「最北かにめし」と麦コーラを買ってきた。

発車はまだ?

急行天北号の14系時代トレインマークさて、僕は急行天北が発車してから駅弁を食べようと思っていたのだが、なかなか発車しない。すでに定刻を1分過ぎている。

何かあったのかな。
すると車内放送がこう言った。

「ただいま、礼文島・利尻島からの船に少々遅れが出ておりますので、急行天北号は5分ほど出発を遅らせる予定です」

なるほど、地方の足となる列車はお客さんの「きりすて」をせず、温かい。
そんなことを思いながら出発の時を待った。
しかし、駅弁を食べ始めてしまい、出発前にまさかの完食。

ペコペコのお腹に「美しい駅弁」では物足りんなぁ・・・。
ん?この感覚・・・数日前に感じた気がするぞ・・・。
あぁそうだ、札幌駅の広東麺だ。
すごい海老は乗っていたが空腹は満たされなかった。あれと同じだ・・・。

そんなことを思っているうちに、船からの乗客も到着して出発の時が来た。
結局6分遅れで11:59に稚内駅を出発した。

さようなら。稚内駅。ちょっとでも長くいられて良かったよ。
ダ・カーポの名曲「宗谷岬」に見送られ、急行天北は稚内駅を出発した。

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