【1988年8月16日】高い道と低い街~羅臼から標津へ~

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羅臼からの道 鉄道旅行記

鉄分補給はまだまだ先!

当面の目的地と考えていた羅臼。
ここに到着して、とりあえず達成感を味わいはしたものの、ここはまだまだ道の途中。

さて、ここでひとつ思い出したことがあった。
それはこの日の朝の網走駅でのこと。
TVの天気予報で風がどんなふうに吹きそうかを表示していたのだ。
僕はこれまでにも何度も海沿いを走っているため、風向きがどれだけ行程を狂わせるかを痛感してきた。

そして、この日の朝の予報では真横から吹く海風
う~ん、良くも悪くもないって感じかなぁ。

そう思いながら僕は根室標津駅までの道のりを走り始めた。
そこまでは鉄分の補給は一切なしの自転車区間が続くのである。

出発した時刻は13時40分ごろ。
僕が乗ろうと予定している列車は16時13分発。
タイムリミットは2時間半ほどか・・・。結構厳しい。
時速20㎞なら50㎞以内の距離しか走れない。

そんなことを思いながら走りはじめていたが、間もなく標識が現れた。
【↑ 標津 48㎞】・・・・。  あ、ギリギリやん。

でもとにかく最善を尽くしてみよう。

という、思いを無残にも打ち砕く向かい風。
もちろん、最初からあきらめモードで走りたくはないので黙々と前進した。

高い道と低い街

それにしても、この道は特徴的な道だ。
しばらく高台を走り続け、斜め前方からの風をまともに受けながら走る。
そしてしばらくすると急に下り坂になり、海沿いの集落に入る。

集落を抜けるとすぐまた急な上り坂、そして高台の強風が吹く道。
そしてしばらくすると下って集落・・・。
低い所に道を作れないほど険しい地形だったということなのかもしれない。

それにしても風をまともに身に受けるこの道はきつい。
知床峠を越えて疲れた僕の足には「上り・向かい風・下って上り」という
このパターンがボディーブローのように効いて着実に僕の体力を奪っていった。

そして3つめの集落に下ってまた上るその時には勢いをつけたはずなのに
坂の途中で全く進めなくなってしまった。
そしてついにその場にしゃがみ込んでしまったのだ。

タイムリミットを考えると不本意なことなのだがら、休憩しない選択肢はなかった。
ふと気が付くと『乗せてくれそうな軽トラック』を無意識に探している自分。
「いやいや、それはあまりにも情けない!」
そう思ってよろよろと立ちあがり、またペダルをこぎだした。

さぁ、あとどのくらいの距離があるんだろう。
あぁしんどい・・・足が重い・・・。

この頃から僕の中で一つの妄想がふくらみ始めていた。
「もしかしたらあの『標津』というのは根室標津駅のあるところじゃなく、
中標津のことを指しているんじゃないかなぁ・・・・」

※ ここでちょっと説明だが、根室標津駅から中標津駅までは22.3㎞ある。
つまり、上記の妄想が事実なら根室標津駅を目指していた僕にとって、
ものすごい距離の短縮になるのだ。

その直後、前方から自転車で旅しているらしき若者が走ってくるのが見えた。
それで呼び止めて尋ねてみることにした。
「あ、すみません。根室標津の方から来られたんですか?」

「そうですけど。」

「根室標津の駅はここからどれくらいですか?」

「あぁ、そうですねぇ、(時計を見る)。
一時間くらい走ってきたから、それくらいで着くかな。20㎞くらいですね。」

「あ、ありがとうございました。・・・(落胆)」

そう、やっぱり『標津』=『根室標津』なのだ。
そして、ここからまだたっぷり1時間は走らないといけない。

僕はとにかく進みだした。
トンネルに入るとき、対向車の大型バス「BIG SNEAKER」号とすれ違ったが、
その風圧でさえも僕の行く手を阻んでいるように感じられた。

トンネルの後、ようやく「長い下り」が1㎞ほど続いた。
でも、もう限界近い体力の僕には回復という文字はなかった。
この後の平らな道も上りに見えるほどで、必死に立ちながらペダルをこいだ。
残りは12㎞という表示が見えたが、上り坂に面してついに歩道に倒れ込んだ。
意識はまだあり、腕時計のタイマーを3分にセットした。
「3分だけ寝よう。」

この3分間にたくさんの楽しい夢を見た。
走馬灯の様に・・・なんて言葉があるけれど、「これがそうか」と思った。
それにしても、歩道に寝転んで眠り込んだのも夢を見たのもこれが初めてだった。

3分後、僕はあと3分だけ寝ようと再度セット。
そして3分後に起き上がり、再びこぎだした。
そう、この上り坂から再スタート。何とか上りきって進んだ。
残り10㎞、9㎞と、進むのがとにかく遅い。

根室標津駅を出る列車は、僕がここから先を30㎞/h以上のペースで
進まない限り乗ることができない状態になっていた。

「まぁええわ。絶対間に合わへんけどとにかく進むだけや。」

そうして残り4㎞まで来た。   が・・・
ここでもう一度倒れた。進めなくなって、崩れ落ちるように。
ここが歩道であることだけはわかっていた。
でもあとは何もわからず、タイマーをかける余裕もなく眠り込んだ。

目覚めとミルクとラーメンと。

しばらくして近くを走るバイクの音がけたたましくて目が覚めた。

すると僕の目の前には飲み物の自販機があった。四つ葉牛乳だ。
まっしぐらにそれを購入し、一気に飲み干した。
まだ足りず、もう一本買って飲み干した。
そして、大きく深呼吸した。

立ち上がって初めて気が付いたのだが、その場所はレストラン(喫茶店?)の前、その自販機の前だったようだ。

時計を見ると意外にもそれほど経過しておらず、まだ日も落ちていなかった。
すでに列車は出発して間に合わないので、このレストランで腹ごしらえすることにした。

中に入ってみると小奇麗な店内。
メニューには「牛乳を1杯サービスします」と書かれている。
そして、注文する前に店員さん(オーナーさんかも・・・)が出してくれた。
その場で、大きめのコップの牛乳をまた一気に飲み干し、ラーメンを注文した。
すると、「もう一杯いかがですか?」と言って牛乳をついでくれた。
(合計4杯。僕のお中には1L近い牛乳がこの時入っていたのだ!)

ラーメンはとにかく美味しかった。
ご飯もサービスしてくれた。
店内には他のお客さんがいなかったからか、
先ほどの店員さんがニコニコしながらいろいろ尋ねてくれた。
僕は旅行行程を振り返るようにしていっぱい話した。

そして、「少し横になって休んでいっていいよ」と言ってくださったので端っこの方の畳のスペースで休ませていただいた。
エアコンのせいか、ちょっと寒くて目を覚ました。

本当にありがたかったこの時間、僕は感謝を告げて店を後にした。
お店にサングラスを置いてきてしまったことだけは残念だったが、このお店の方には感謝の気持ちでいっぱいだった。

ついに鉄分補給の時

さぁ残り4㎞。
僕はクールダウンした身体で流すように走り、
やっとのことで根室標津駅に到着した。

こうして無鉄地帯の旅を終えることができた。
さぁ、これから鉄分補給!

到着した根室標津駅。
少し持ち直した体力と、何とか走りきった達成感とで、清々しい気持ちになって到着できた。

駅前では2人の若者たちが自転車を組み立てているところ。
すでに17:17に到着してホームに停まっているあの列車でここにきたのだろう。
はたしてこれからどこに向かうのだろう。
羅臼までは遠いぞ! という気持ちで眺めていた。

僕が乗る(一本遅らせた)列車は18:24の発車を待って停まっている。
改札はまだ始まっていないが悠長なことはしていられない。

この北海道旅行最後の自転車分解作業を始めた。
この旅行中たびたび行なってきた作業はもう10分かからないくらいに
手慣れてきたが、これで終わりと思うとほんの少しさびしくも思った。

作業を終え、スタンプを押して待合室で落ち着いていようかと思ったが、
ふと一枚の記念切符が目に入った。

野付崎と白鳥がデザインされたもので、すぐさま購入した。
(※残念ながら紛失したようで現在は見当たらない)
そして窓口でまたもや聞いてみた。
「北斗星2号のソロ・・・」
人からしつこいと言われようがあきらめが悪いと言われようが、
とにかくチャンスが残っている限りトライしたいということで。

もちろん、キャンセルはなかった。

やがて改札が始まり、僕は重く感じる輪行袋を肩にかけて
ゆっくりとホームに向かった。

本来予定していた16:13発に乗れていたら、
中標津でスムーズに乗り換えることが可能だったのだが、
これから乗る列車は中標津で厚床行き乗り換えに1時間半近くロスがある。

「まぁこれも人生・・・」なんて、わかったようなことをつぶやきながら、
標茶行き332Dで中標津を目指した。

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