1988年夏の天文気象部合宿。
鉄道旅行なのは行きと帰りの行程だけである。
あとは完璧なまでに隔絶され、かすかな音さえも聞こえることがない地・潮岬。
ここで合宿を行なうのだが、潮岬灯台見学、潮岬測候所見学、天体観測と、
天文気象部らしい予定が目白押し。
部員たちの予定の中にはもうひとつ、海水浴があったのだが・・・
この辺りの海は断崖絶壁の岩場で、泳げるようなところはひとつもなかった。
それを見て予想通りのひとことがS西先生の口から飛び出した。
「やっぱり山に行ったほうが良かったんとちゃうか?」
確かに一部の部員の表情は落胆の色だったが、僕はそんなことはどうでもよく、
行きと帰りに鉄分を味わえることだけで十分だった。
灯台見学はこの当時可能な施設が10箇所ほどしかなかったので、
この機会に昇っておこうと、螺旋階段をワクワクしながら昇ったが、
てっぺんまで行くにはなかなかの体力が必要だった。
見学を終えたあと歩いて向かった先は潮岬測候所。
今では全国的な測候所無人化により職員がいなくなってしまったそうだが、
この時は数人の職員さんがいらっしゃって、詳細の説明をお聞きできた。
風船のようなものを飛ばして気象観測する時間が来たのでそれも見学できた。
そうして見学を終えてから天文気象部一行は潮岬タワーでお土産を見て回り、
その後、草の広場でバレーボールもどきを始めた。
この日も遠くに さんふらわあ の姿がはっきり見えた。
天気のいい日が続いて良かったと思いつつ夜の天体観測の準備を始めた。
しかし、食事が済んでデザートのスイカを食べた後、
外に出てみるとどんどん広がり始める雲。
見る見るうちに空全体を埋め尽くしていき、天体観測はとりやめ。
こうしてこの年も天体観測を満喫というわけには行かずに帰りの日となった。
天文気象部合宿活動の間、一切鉄分がなかったため帰りが待ち遠しかった。
民宿でのあいさつを終えて、僕と享君は往路と同様自転車で走り出した。
天文気象部一行はまたもやバスを待つため後で追いかけてくることになる。
走るコースは、来た時の反対側で、半島を西回りしてみた。
強く吹く潮風を感じながらの快適な走りだった。
全体として下りが多かったため、かなり短い時間で串本に戻ってきてしまった。
国道42号線を横切り、那智黒の看板と串本駅が見えてきた。
串本駅に到着するとすぐ自転車の解体を始め、輪行袋に詰めていった。
輪行もずいぶん回数をこなし、そろそろベテランの域かも?などと思いながら。
行きと同様、バスはなかなかやってこない。
自転車部隊の僕たちは時間を持て余し、駅前のお土産やさんで過ごした。
やはり南紀といえば那智黒。所狭しと並んでいた。
梅干しの自販機は残念ながらここにはないようだった。
僕たちが到着してすでに30分経過し、ようやくみんなのバスが到着した。
(半島を3周くらいしたんじゃないか?)
さて、僕たちが乗る列車は2339M和歌山行き(新宮始発)。
串本に到着し、15分の休憩に入っている。
部員たちは疲労感のため「乗り換えが少ない」ことを喜んでいた。
200kmを超えるロングランは、短距離化が進んだ現在ならおそらくトップ10入りするだろう。
特急くろしお15号が来て出て行くのを見たら、出発の13時53分まで残り3分。
みんなは急いで最後のお土産を買っている。
僕と享君は青春18きっぷを購入して先に座席をキープしておいた。
そして、僕だけが改札口に戻って青春18きっぷを部員に手渡した。
駅員さんの笛の音を聞き、2339Mは串本駅を出発した。
帰りの列車内からはとにかくずっと(砂浜ではなく)岩場の海が見えていた。
そう、あれほど頑張ってS西先生との「山VS海闘争」に勝利したのに、
海水浴場などどこにもなく、みんなで海水浴する「去年の再現」計画は
砂の城の様にはかなく消えていったのだ。
列車は紀伊田辺駅に到着。停車時間は4分という微妙な時間だ。
タイムリミットを考えると下車印を押してもらうのがやっとだろうな・・・・。
と思ったら、隆行部員1人がその間に駅弁を買ってきていた。
みんなのブーイングを浴びながらそれでも半分くらいまで食べた隆行部員。
しかし、耐え切れず、そこで駅弁を食べるのを中断した。
いや、実際のところ、みんなは面白がってブーイングしていただけなのだが。
列車は17時37分にこの列車の終点、和歌山駅に着いた。
ここまで来ると大勢の人でごった返している。もはやローカル線風情ではない。
急いで阪和線快速に乗り換え、部員の半数はなんとか席に着いた。
自転車輪行部隊の僕たちは自転車を守るため立ったまま乗車。
吊革をつかんで流れる景色をぼんやり眺め、3日間を振り返る・・・。
でもふと車内を見回したときにとても信じられない光景が・・・。
なんと隆行部員が満員の車内のロングシートでさっきの駅弁を広げ、
仲間たちからのブーイングではなく、周りの大勢の人の冷たい視線を浴びながら
空腹を満たそうとしていたのだった。
もちろん部員は全員他人のふりをした。
天王寺駅到着後、大阪環状線、京阪電車と超満員の電車に揺られ、
なんとかいつもの樟葉駅までたどり着くことができた。
こうして天文気象部最後の合宿の幕が閉じた。