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寝台急行銀河号◆データファイル

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寝台急行銀河号の簡単な解説

◆寝台急行銀河号。 東京~大阪を結ぶ寝台急行列車として2008年まで運転されていた。運転区間のほとんどが東海道新幹線と重複する厳しい環境下にありながら21世紀にまで存続していたのは新幹線の始発列車よりも早く現地入りできることと、特急に使われていた車両をいち早く使用するパターンで、急行料金のお得感が感じられたからだろう。晩年の急行銀河

画像提供:Teru-t2様(無断使用厳禁)

しかし、のぞみ号の登場、そしてその高速化により到着時刻の差はどんどん縮まり、あえて夜行列車に乗ろうという人が少なくなってしまった。そして売りだった特急設備も老朽化により快適とは言いがたくなってしまった(乗客の求める質が贅沢になったともいえるが)かもしれない。そしてそれを置き換える車両はもうなかった。
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東海道夜行急行という観点で見ると、最初に登場したこの急行銀河の後、彗星、あかつき、明星、月光、金星、すばる、といった寝台専用急行が続々と登場したが、東海道新幹線の開業・増発により短期間でほとんどが撤退。銀河とともに残っていた明星も銀河に統合され、名実ともに急行銀河こそが本家であることが証明されたかのようだった。

また、全国的に見ても全車寝台の20系定期夜行急行というのは思いのほか数が限られており、寝台急行天の川号、寝台急行新星号など片手で足りる。

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大阪駅3番線ホームに到着した急行銀河号は、2番線で出発を待つ山陰本線経由博多行き特急まつかぜ号とひとときのコラボレーションを楽しんでいた。実際の利用状況まではわからないが、東京から山陰方面へのリレーに最適な組み合わせだっただろう。さすがに急行銀河号を牽引するEF65にヘッドマークが取り付けられることは最後までなかったが、十分に寝台特急に負けない威厳を誇っていたように思う。

◆寝台急行銀河号のデータファイル

命名時:1949年9月15日】(列車の誕生は1947年6月21日)
・ ●運転区間:東京~大阪  運転本数:1往復  使用車両:不明
【1950年10月1日改正】東京~神戸に延長。
【1956年3月20日改正】1・2等車に加えて新たに3等寝台車の連結を開始。
【1961年10月1日改正】座席緩急車を3等寝台緩急車に交換⇒寝台列車に。
【1965年10月1日改正】東京~姫路に延長。
【1968年10月1日改正】明星を統合して1往復増⇒2往復に。
【1972年3月15日改正】東京~大阪に統一。1往復は急行紀伊と併結運転を開始。
【1975年3月10日改正】1往復廃止(実際には米子発着に変更して寝台特急いなば号新設)。ginga3
【1976年2月20日改正】20系客車投入。(テールマークは白地のみ)
【1978年】テールマークに「急行」の文字を使用。
【1980年7月】イラスト・テールマークを採用。
【1984年2月1日改正】上り東京到着時刻を3時間早めて6時台に変更。途中長時間停車を減らして所要時間が1時間以上短くなる。
【1985年3月14日改正】20系客車から14系客車に変更。寝台急行銀河号・大阪駅
【1986年11月1日改正】14系客車から24系25形客車に変更。
【1991年3月16日改正】担当車掌区がJR東日本東京車掌区からJR西日本大阪車掌区に変更。
【1999年12月4日改正】閑散期の両数を9両から6両に減車。
【2001年3月3日改正】1両減車。
【2008年3月15日改正】廃止。

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