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特急おおとり号の簡単な解説
◆特急おおとり号。函館~網走間のロングラン特急として1988年3月まで運転されていた。その時のダイヤ改正にて特急おおぞら号などと共に、系統分割・整理が実施されて札幌を中心とした放射状の列車設定となり「函館~札幌間」を特急北斗号、「札幌~網走間」を特急オホーツク号とした。したがって、惜しまれながら「おおとり号」の愛称は消滅した。時代によって差異はあるようだが、キハ80系時代(1981年)の全区間走破は7両、北見以西は3両長く10両編成。食堂車を含む立派な編成だった。
※画像提供:Amanogawa_exp様
660.8kmという、10時間以上かかるロングラン運転で、遠軽と札幌の2か所で進行方向が変わることもこの列車の特徴だった。
特急おおとり号という名称そのものは1961年10月1日~1964年10月1日改正前にかけてのちょうど3年間、東海道線:東京~名古屋の特急としても活躍していた。東海道新幹線開業によって追われた形だが、見事に間をおかずに北の大地での活躍へと転身した。
◆特急おおとり号のデータファイル
【登場時:1964年10月1日】
・ ●運転区間:函館~網走(660.8km)・釧路 運転本数:1往復 使用車両:キハ82系
【1970年10月1日改正】釧路発着編成を特急おおぞら号に編入。函館~網走のみの運行に。車両不足で食堂車が外れた。
【1971年7月】食堂車を連結開始。
【1986年11月1日改正】食堂車連結を終了。
【1988年3月13日(青函トンネル開通)改正】特急おおとり号の運転区間を札幌を境に系統分割。 ⇒特急北斗・特急オホーツクとして運転するようになり愛称消滅。