鉄道旅行記

【1986年8月】20系急行だいせんの旅~往路編~

◆最初で最後、20系座席車の旅

国鉄最後の夏、1986年8月8日。

この頃の急行だいせん号は、3往復もの勢力で、
そのうち1往復が20系の夜行。5号と6号だ。
寝台車付きで一部が座席車となっている。

この座席車両ナハ21も20系寝台車からの改造なので、寝台車両と同じ屋根の高さを持つため、
とにかく頭の上の開放感がすごい。それが足を踏み入れて最初の印象だった。

僕にとって初めて自転車を伴った輪行の旅となるが、自転車もしっかり固定した。
邪魔にならないところがあってよかった、まずは一安心だ。

さて、先日は実に簡単に指定席をとれたが、車内は予想外の満席状態。
「あっれ~、あんなに簡単に切符がとれたのに、えらい変わりようやなぁ。」

そんな驚きで頭が一杯になった。

そんなこんなで、切符の指定通りの通路側のC席に着いた。
窓側でないのはちょっと残念だが、まぁそれはそれ。

21:44 いよいよ出発の時が来た。先頭で牽引するDD51が甲高い汽笛を鳴らす。
出発の合図。DD51が甲高い汽笛を鳴らすとともに列車はゆっくりと動き出し、

大阪駅のホームの端を過ぎた。大阪環状線がだんだん左に遠ざかっていく。
ほんの少しで淀川鉄橋に差し掛かる。
平行する国道2号線の灯りが点線に見える。

鉄橋で大きな音をたてて走っていくが、それは客車ならではの、
モーターやエンジンのない、純粋にレールから響く音に久々の新鮮さを感じる。

列車はやがて、塚本駅を通過する。
大阪の下町の灯りとグリコ本社が車窓に消える。
そうして尼崎に到着。ここから福知山線に入る。

まだ全線電化完了していない福知山線ははっきり言ってローカル線だ。
まさか、電化開業で大きな変貌を遂げて過密ダイヤ区間になるとは思いもしなかった。

そんな福知山線を急行だいせん5号は、非常にゆったりとしたペースで進んでゆく。
僕はこの満員の車内で、大阪駅前の旭屋書店で買った本を読んだり、
また時々乗降口のデッキに行って外の景色を眺めたりした。

その後、僕はトイレに入るとそこに列車の方向幕があることに気付いた。
いたずらするつもりなどないが、少し指で触るだけで回る。
すると、急行だいせん大社行きの方向幕が見えた。
それはすでに区間廃止となった部分の、懐かしの方向幕だった。

すぐに元に戻して、僕はトイレを出た。
それから再び座席に戻り、本を読むことにしたが、ふと一つの疑問が起こった。
「この照明、いったいいつになったら消えるんやろ?」

この疑問の答えが確定したのは次の日の朝だ。つまり朝まで・・・・。

やがて、列車は山陰本線との合流点、深夜の福知山駅に着いた。
急行だいせん5号はこの駅で少し長目の休憩となる。

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