寝台特急あかつき号◆データファイル | 列車データ館
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寝台特急あかつき号◆データファイル

寝台特急あかつき号・EF65PF牽引
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寝台特急あかつき号の簡単解説

寝台特急あかつき-ed76 関西~九州を結ぶ特急として行き先が転々とした歴史を持つ寝台特急 あかつき号。1980年代には大阪~長崎・佐世保という時代が 長かったが、廃止直前には同じブルートレイン、寝台特急なは号との併結運転となり京都~長崎の列車だった。

複合型ヘッドマークの組み合わせが寝台特急明星寝台特急彗星など、いろいろと変わったこと、寝台特急なはと同列車の2例しかないレガートシート車の連結、14系15型を最初に投入し、使用する唯一の列車だった時代があるなど、独特の試みをしたことで知られる列車だ。いわゆる九州ブルトレの中では、東京発着を含めると寝台特急富士寝台特急はやぶさのコンビが最後の一本だが、関西発着に限ると「あかつき・なは」コンビが最後の一本だった。

◆寝台特急あかつき号の画像集

長崎・佐世保からの長旅を終えてこの当時の終点、大阪駅に到着したブルートレインあかつき号。1986年夏、2往復のうちの1往復は 明星号との併結運転をしていたが、写真の列車は単独運転のあかつき号だ。寝台特急・夜行列車の需要が下降気味になってきたころの姿といえる。この後、EF65PFからEF66へと牽引機が交代。

寝台特急あかつき号・EF66牽引

寝台特急あかつき号・EF66牽引

※画像提供:Amanogawa_exp

EF66の複合ヘッドマークの写真は2007年。運転区間も佐世保編成ははるか昔に消滅し、大阪発着ではなく京都発着 となって、列車そのものの廃止の噂がそろそろ流れ始めていた頃だ。これは実際に乗車した時の写真だが、この時の車掌さんの言葉に「あかつき・なは」が直面していた現実を痛感したのを覚えている。この時私が持っていたのがあかつき号のDUETの切符。それを見た車掌さんは「ご夫婦でしたら、なは号のDUETの方が居心地がいいですよ。いくらでも部屋が空いていますから変更しませんか」と案内してくれたのだ。上下二段の寝台より平面に二つ並んでいる方を・・・ということでたいへんありがたかった反面、寝台特急の利用者の減少を肌でひしひしと感じた出来事だった。寝台特急あかつき・なはEF66

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1981年、まだヘッドマークが採用されていなかった頃のブルートレインあかつき3号。大阪駅4番線からの発車だった。悪く言えば、他の多くの寝台特急も機関車は同じで写真だけ見ても区別がつかなかった。

 

銀の帯をまとう14系15型の、あの当時唯一の列車だった寝台特急あかつき号。長崎だけでなく、佐世保行きの付属編成があった、懐かしき時代だ。

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大阪駅で1982年に撮影した写真だが、故障なのかいたずらなのか、西鹿児島行きになっている。左上の角には大阪の阪の字が見える。しかし、過去をさかのぼると実際に西鹿児島行きが存在した時代があった。

DE10が牽いた佐世保線での寝台特急あかつき号

DE10が牽いた佐世保線での寝台特急あかつき号

佐世保線末端区間(早岐~佐世保)では編成が逆向きとなり、DE10が牽引するシーンが見られた。走行区間全体から見たらほんのわずかだが、寝台特急あかつき号を飾ったワンシーン、見過ごすことはできない。

EF65-500牽引の寝台特急あかつき

EF65-500牽引の寝台特急あかつき

◆寝台特急あかつき号のデータファイル

【登場時:1965年10月1日】
・ ●運転区間:新大阪~西鹿児島・長崎  運転本数:1往復  使用車両:20系・EF65-500牽引

20系時代の寝台特急あかつき

20系時代の寝台特急あかつき

【1968年10月1日改正】新大阪~西鹿児島・佐世保に1往復増発⇒2往復に。
【1972年3月15日改正】新大阪~熊本・長崎に1往復増発⇒3往復に。EF58牽引に。

EF58牽引の寝台特急あかつき

EF58牽引の寝台特急あかつき

【 同年10月2日改正】新大阪~熊本に1往復増発⇒4往復に。3往復に14系客車投入。長崎本線の新線(市布経由)が完成し、同線経由に変更。

14系客車の寝台特急あかつき

14系客車の寝台特急あかつき

【1973年10月1日改正】急行雲仙・急行西海の季節列車の特急格上げにより、計6往復に。新大阪~西鹿児島(2)、新大阪~西鹿児島・長崎(1)、新大阪~長崎・佐世保(1)、新大阪~長崎(1)、新大阪~佐世保(1・彗星と併結)。24系客車(2往復※)投入。 ※長崎・西鹿児島1往復ずつ。
【1974年4月25日改正】新大阪~熊本に1往復増発⇒7往復に。一部、24系25形客車を投入。20(1)、14(3)、24(1)、25(2)。

【1975年3月10日改正】西鹿児島・熊本発着列車を寝台特急明星号として系統分離。あかつき号は計3往復に。20系使用終了。
・新大阪・大阪~長崎・佐世保(14系)。
・新大阪~長崎(24系25形)熊本発着の明星と併結。門司~鳥栖の牽引機にED72。
・新大阪・大阪~佐世保(14系)熊本発着の明星と併結。門司~鳥栖の牽引機にED73。
【1976年7月1日】ED73の使用を終了。

【1978年10月2日改正】寝台特急明星号との併結運転を終了し、大阪~長崎・佐世保、新大阪~長崎・佐世保の2往復に統合。2・3号の佐世保発着編成が筑豊本線経由での運行となる。全列車14系15形客車に統一。ED72の使用を終了し、ED76に統一。
【1979年7月1日】イラストテールマークを採用。

14系15形の寝台特急あかつき

14系15形の寝台特急あかつき。テールマークがよく似合う。

【1984年2月1日改正】新大阪発着に統一。1・4号の佐世保発着編成を明星に変更、西鹿児島発着(新大阪~鳥栖間併結)に変更。

あかつき・明星併結時代(複合型ヘッドマーク)

あかつき・明星併結時代
(複合型ヘッドマーク)

【1985年3月14日改正】筑豊本線経由を博多経由に変更。DD51による牽引が終了(九州内の最後)。

DD51牽引の寝台特急あかつき号

DD51牽引の寝台特急あかつき号

【1986年11月1日改正】明星・あかつき1・4号を臨時列車化(20系)。定期あかつき号は新大阪~長崎・佐世保の1往復に。佐世保発着列車に普通車座席指定席を連結開始。akatsuki2
【1990年3月10日改正】長崎発着編成に「レガートシート(普通車座席指定席)」を連結開始。佐世保発着編成の座席車はB寝台に変更。
【 同年11月21日から】臨時寝台特急あかつき81・82号を急行雲仙に格下げして運行開始。
【1991年3月16日改正】京都発着に区間延長。

【1992年3月14日改正】長崎発着編成に「ソロ(B寝台個室)」を連結開始。
【1998年10月3日】「シングルデラックス(1人用A寝台個室)」、「ツイン(2人用B寝台個室)」・「シングルツイン」を長崎発着編成に連結開始。長崎発着編成に連結されていた「ソロ」は佐世保発着編成への連結となる。

【2000年3月11日改正】佐世保発着列車を廃止し、南宮崎発着の寝台特急彗星号との併結開始。この時からヒルネ扱いは廃止。本州では複合型HM使用のため、単独マークは九州内のみに。
【2005年10月1日改正】彗星が廃止され寝台特急なは号との併結開始。6両編成に短縮され「Bコンパートメント(簡易4人用B寝台)」が外れ、「ソロ(1人用B個室寝台)」を再び連結。HMは九州内でも複合型に統一。
【2008年3月15日改正】廃止。

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