名古屋~赤倉系シュプールの簡単な解説
◆ 名古屋~妙高高原を結び、「赤倉・志賀」との名を含んでいたスキー専用列車はいくつかあったが、メインで設定されていたのが急行シュプールユーロ赤倉・志賀号(別ページで解説)。1987年1月~1989年3月の3シーズン、急行シュプールユーロ赤倉として一貫してユーロライナー7両フル編成で活躍したが、1990年1月から愛称微変更した急行シュプールユーロ赤倉・志賀号はユーロライナーにユーロピアまたは他の14系客車を含めた長編成で1999年3月まで運転された。
その次のシーズンは、パノラマグリーン車付きの381系6両編成で、2000年・2001年の1月~3月の2シーズンだけ、かつ下りのみの設定。この系統のシュプール号は終焉を迎えた。なお、同じくJR東海系の急行シュプール栂池・八方号も同時に設定を終了している。
このファミリーの中でちょっとした異端児がいた。それは・・・↓
リゾート赤倉・志賀の簡単な解説
急行シュプールリゾート赤倉・志賀はちょっと特異な存在。というのも、運転日がほぼ年末ばかりでシュプールシリーズで唯一の存在と言える。実のところ、それには理由がある。
本来そのスジで、この年末の時期に限り「カートレインユーロ名古屋」号が設定されるため車両が使えないゆえの代走的役割だったからだ。そのようなわけで、上記のカートレインの設定が廃止された1994年末にはもう登板機会がなかったが、1990年~93年の4シーズンにわたりキロ82形のジョイフルトレイン「リゾートライナー」(オールグリーン車・3両)で活躍した。帰りの昼行で弁当販売駅の設定がなかったのは「ユーロ~」との相違点の一つだ。

リゾートライナー(JR東海)
※画像提供:Teru-t2様
急行シュプール赤倉・志賀の簡単な解説
こちらは代走ではなく言わばリレーのアンカー。急行シュプールユーロ赤倉・志賀号からバトンを受けた、車両変更により登場した急行シュプール赤倉・志賀号。「リゾート~」とは時期的にも大きなブランクがある。
車両は381系、パノラマグリーン車付きの6両編成で、2000年・2001年の1月~3月の2シーズンだけ、かつ下りのみの設定。振り子式の車両を使っているとはいえスピードを出すことがそもそも必要なく、所要時間も客車時代以上にかかっていた。
最後は、JR東海のもう一つのルートを走った急行シュプール栂池・八方号とともに活躍を終えた。どちらも381系が最後の姿だった。
データファイル
急行シュプールリゾート赤倉・志賀
【運転区間】名古屋~妙高高原(1往復)キハ82リゾートライナー3両
● 90/12/21~91/1/1 (全G)
● 91/12/19~12/31 (全G)
● 92/12/22~12/31 (全G)
● 93/12/23~12/31 (G3)・・・キハ58・キハ65を加えた5両
急行シュプール赤倉・志賀
【運転区間】名古屋 ⇒ 妙高高原(下り1本のみ)
● 00/1/7~3/10 381系6両(PG1)
● 01/1/5~3/9 381系6両(PG1)
※PG=パノラマ型グリーン車