鉄道旅行記

【1987年10月】北半九州修学旅行へ~前半~

1987年・高2の夏の旅が終わり、その興奮も冷めやらぬ10月。
僕たち大阪府立牧野高校11期生の修学旅行の時がやってきた。

最近では沖縄や海外に行くようになったらしいが、
僕たちの時代はまだまだオーソドックスな旅行計画で、
九州北部5県にまたがるコース。

そして、僕にとっては小学6年の修学旅行以来、5年ぶりとなる新幹線。
まだ「のぞみ」の名称が生まれる前であり、ひかり号の旅行となる。
当然ながら300系も登場しておらず、100系が憧れの存在だった頃だ。

しかし、ちょっと昔『6期生か7期生』までは
大洋フェリー(または関西汽船)「さんふらわあ」での
修学旅行が我が高の主流だったらしいが、僕たちはれっきとした鉄道旅行。

ということで、国内の旅に大満足、大いに喜んでいた。

さて、どういう理由かわからないが、学校ではなく新大阪駅で集合ということで、
そこまではそれぞれに自由な方法で行くことになっていた。

それで、僕たちは京阪電車の樟葉駅で急行に乗り、
淀屋橋駅まで行き地下鉄御堂筋線にのって新大阪まで行くルート、
つまり最もオーソドックスな経路で新大阪駅まで行くことにした。

当然のことだが、大半の同級生もそのルートを選択しており、
車内は大きな荷物と大きな笑い声の乗客(ほとんど我が高生徒)で満員だった。

そんな中、地下鉄淀屋橋駅では村岡君が満員の電車に何とか自分も乗ろうとして
急いで駆け込んできた。満員だったがリュックも何とか車内に収まった。

しかし、うかつにも持っていた手さげ袋がドアにはさまれてしまった。
「Oh no !」 と外国人風に呟く村岡君は深いため息とあきらめの表情。

「その中、大事なもんでも入ってんの?」と、僕が尋ねた直後に扉が開いた。

彼はうなずき、見せてくれた。
中からは粉々のポテトチップスが出てきた。

「サラダの上にかけたらおいしいで!」 そんな慰めにもならない言葉をかけた。

大阪市交通局の地下鉄御堂筋線を下車した僕たち。
そしてその後も続々と牧野高校11期生が続々と集まってくる新大阪駅。

僕たちはそんなことより眼下に見える在来線に心奪われ、
時間が許されている限りホームを行き交う列車が見える位置に立っていた。
といっても見えたのは特別なものではなく、この駅で見る定番の特急雷鳥
関西鉄道ファンにとっては愛すべき存在の代表格だ。

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