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急行火の山号の簡単な解説
◆熊本駅~別府駅を豊肥本線経由で結んでいた急行火の山号。1992年7月15日のダイヤ改正で特急あそ号として再出発するまで活躍した。歴史は長く、準急⇒急行として約30年にわたって九州を横断する役割を担ってきた。
九州の都市間急行としての性格とともに、阿蘇山を中心とした観光需要にこたえる列車としても大きな役割を果たしていた。一時期は急行ひまわり号を吸収した関係で博多駅まで運転されていたこともあったが、博多~熊本間の特急化の波に押されてあっけなく熊本発にふたたび統一された。
その時期と前後して三角線・三角駅にも直通していた時期があったが、JR化後は熊本~別府で統一された。
急行火の山号のデータファイル
【登場前:1962年2月15日】準急として 運転区間:熊本~別府(豊肥本線経由)
・ C58牽引の旧型客車編成
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【登場時:1966年3月5日】急行格上げ 運転区間: 熊本~別府 (往復)
・ 使用車両:キハ58系(両)
【1967年10月1日】上り1本のみ準急火の山として共存。
:::(この部分は調査中):::
【1975年3月10日】博多・三角~(熊本)~別府(2往復)、三角~別府(1往復)、熊本⇒別府(1本)、宮地⇒三角(1本)で合計4往復。
【1978年10月2日】宮地⇒三角の「火の山」を廃止。
【1980年10月1日】博多発着をとりやめ、三角(1往復)・熊本(下3・上2)~別府となる。
【1982年11月15日】区間延長により三角(2往復)・熊本(下2・上1)~別府となる。
【1984年2月1日】グリーン車連結終了。
【1985年3月14日】三角(下2・上1)・熊本(2往復)~別府となる。指定席にグリーン車転用のシートを導入。
【1986年11月1日】三角線乗り入れ終了。熊本~別府(3往復)となる。
【1990年7月2日~1991年11月18日】豪雨災害のため宮地・緒方の両駅での折り返し運転に。
【1992年7月15日改正】特急あそ号に格上げ。急行火の山は14日で廃止。
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