ユーザー目線の特急?
・近年の新幹線比重の重さを見るときによく聞かれる意見が、「ユーザーの立場に立っていない」、「不便で値段が高くなっている」、「早さばかりの追及」・・・そういった意見が多く聞かれます。
・今回、その意見の正当性うんぬんについてはここで論じるつもりはないのですが、今回廃止になるいわゆる「大阪しなの」、大阪駅発着の特急しなの号について「よく今まで存続していてくれたものだ」という思いについて書きたいと思います。なぜなら、この列車の存在はJR東海にとってあまりメリットがあるようには思えないからです。
・それは裏を返せば「ユーザー目線の特急」だったのではないか?と思えてならないのです。
JR東海の立場からすると・・・
・特急しなの号は言わずと知れた「JR東海で最大勢力の在来線特急」です。その大半が名古屋~長野間の運転で、13往復の定期運転ということだけ聞いても「結構需要があるなぁ」という印象です。元々、急行木曽や、その先新潟まで行く急行赤倉といった列車を含め、たくさんの優等列車が走った区間でもあります。
・さて、この列車の特急料金を見てみますと、名古屋~長野で2900円です。言ってみれば「大阪しなの」はそこから先まで足を延ばす列車ですが、それによって得られる特急料金の収入はといいますと、大阪~長野=3430円、京都~長野=3110円。ほんの少ししか変わらないんですね。
・これを、名古屋駅で新幹線乗り継ぎにすると、新大阪~長野=4660円、京都~長野=4550円となり、収益が大きくプラスされるのですから、JR東海の立場から言うと「みんなそうしてもらいたい」というのが正直な思いのはずであり、それがJR分社化後の自然な流れだったのではないかと思います。だからこそ、その流れに逆行するようなこの列車は「よくぞ今まで頑張って残っていてくれた」と感じますし、JR東海に感謝したくもなるわけです。
乗り継ぎ割引の裏ワザ
・実のところ、私はもっと節約した(JRさんに申し訳ない?)使い方をしたことがあるのです。「なんとか少しでも安く乗りたい」と思う人にとって有効だったのが乗り継ぎ割引。新幹線と在来線特急を乗り継ぐと在来線特急の特急料金などが半額になる制度です。(適用区間などはご自身でご確認ください)。しかも、新幹線自由席と在来線特急の乗り継ぎでも適用されます。
・これはおそらく「新幹線にある程度の区間乗車して在来線に乗り継ぐことを想定」した切符だと思うのですが、逆に新幹線区間をできるだけ短くして、しかも自由席に乗って在来線に乗り継ぐとずいぶん安くなるわけです。
【例えば・・・】
●新大阪~長野を旅行したいと思う際に、新幹線の自由席で新大阪~京都(860円)を利用します。そして京都~長野は特急しなの9号を利用します。すると3110円かかる特急料金が半額(10円未満の端数切捨て)になり、1550円で行けるのです。新大阪~長野の特急料金合計は2410円。なんと、1000円以上安くなってしまうわけです。
・時間差は1時間10分ほど。しかも新幹線と特急しなのを乗り継ぐ際の乗り換えにかかる時間を差し引くと8分~18分差し引きして約1時間差となります。この「差」が気にならないならこの方法は大きな節約となります。 (※私が利用していたのはこの区間ではありません)
【この3月ダイヤ改正からは・・】
・そんな裏ワザが使える長距離列車が減ってきました。そもそも、新幹線と在来線の併走区間があるからこそ、「裏ワザ」として成り立っていたわけです。
・大阪しなのの短縮後に最長距離昼行列車となる「にちりんシーガイア」号は博多~小倉間で新幹線と並走することから候補に挙がりそうに見えますが、残念ながら小倉駅も博多駅も乗り継ぎ割引対象駅ではなく九州新幹線もすべて割引対象になっていないんです。
国鉄の残像が消えていく
・私が愛用していた方法はこの新幹線乗り継ぎ割引だけでなく、ワイド周遊券やミニ周遊券などがありました。私はそれらを「国鉄の残像」または「昭和の残像」なんて呼んでいますが、着実に消えていっていますね。
・あとは青春18きっぷでしょうか。どんどん第三セクターの鉄道が増えていっている今、その価値が薄れつつあり、利便性が低下しています。この「国鉄の残像」とも言える青春18きっぷの今後もちょっと心配ですね。できれば、三セクも乗車できるようにし、分配金制度を設けるなどして共通利用できればいいなと思いますね。
・または青函トンネルの北海道新幹線を利用できるオプション券と同じように「三セク」オプション制でもいいかもしれません。共存共栄可能な方法が見つかって、「ユーザー目線の切符と列車」がある鉄道のこれからが開けることを願っています。
最後に・・・
・長い間、東海道本線を疾走する姿を見せてくれた特急しなの、大阪しなの号。ありがとう。個人的には、私が初めて見た国鉄特急でもあり、この列車との出逢いから「私の撮り鉄史」が始まったことを懐かしく思い出します。本当にありがとう。お疲れ様でした。