鉄道旅行記

【1988年8月15日】中湧別駅~サロマ湖畔自転車の旅~網走駅

湧網線・・・それがまだあったらなぁ。
そんな思いが僕の頭をよぎるが、なくなったものはどうしようもない。

さぁ、今すぐ網走に向かうか、それとも野宿をするか・・・。

数名いた降車客がすべて駅舎を出てから僕は駅員さんに尋ねた。
「すみません。駅の建物内で朝まで寝ることはできませんか?」

そんな無茶なお願いに対する答えは当然のことながらNO!である。

しかし、たとえ答えがYesでも、夜の8時を回った中湧別駅前は人影少なく、
明かりも少なく、とても野宿する勇気は持てない環境だったのだ。

そのようなわけで、僕はとりあえず網走駅を目指そう!と決めた。
やはりこの環境で一睡もできなかったりしたら、
明日の朝、寝坊⇒乗り遅れ⇒知床断念してスルー
という悪循環が待っているからだ。

そうと決まれば自転車を組み立て!ということで輪行袋をほどき始めた。
稚内駅での自転車ばらし作業から8時間ぶりの作業だ。

中身をチェックしたが、部品はいずれも問題ない。
薄暗い中での作業だが、なんとかすすむ・・・。ところが・・・。

あれ、「6ミリのアーレンキー(6角レンチ)がないなぁ。」

5㎜で締める部分はすべて完了したが、どんなに探しても6ミリが見つからない。
どうやら、稚内駅の外で落としてきてしまったようなのだ。
部品はあれほどチェックしたのに、工具はチェックもれしてしまったのだ。

幸いにも5.5ミリという、普段使いもしない大きさのものがあったので、
それを差し込み、マイナスドライバーで隙間を埋めて、
なおかつアーレンキーをすこし歪めながら締めてとりあえず事なきを得た。

こうして苦心の末自転車の組み立ては完了。輪行袋もクルクルとたたんだ。

午後8時30分。中湧別駅を出発!

中湧別駅を後にし、僕を乗せたエンペラーロードレーサーは走り出した。
一路網走駅へ!

中湧別駅から「決意の出発」をして国道238号線を進み始めた僕。
駅前通りはオレンジ色の街灯が照らし、行く手は明るく思えた。
結構明るい道なのに、天の川が空から地平近くまで流れているのが見える。

うわぁ、こらぁすごいわぁ。これを見ながら走るのも悪くないなぁ。
そんな軽やかな気持ちでスタートを切った。

さて、「先程車掌さんが言っていた通りの70キロなら、
時速20キロで行って3時間半ってところか?」

と、捕らぬ狸の皮算用をした瞬間に僕を悲劇が襲った。

それは道路の案内表示に「網走81km」と書かれていたからだ。
12キロも増えた!すごい太り方じゃないか!(って、体重じゃないか・・・。)
とにかくかなりのショックだった。

これでは日が変わる前に到着することはまず無理なので、
とにかくオーバーペースになることがないように、
20km/hを保つことを目標にして前に進むことにした。

次なる悲劇~闇が襲う~

スピードはそこそこ保つことができた僕だったが、ここで大変なことに気付く。
それは、取り付けた懐中電灯の電池が早々に切れてきたことだ。

そのころ、芭露集落に入り、道路沿いにお店らしきものの灯りが見えた。
夜9時になろうとしていた頃。よくぞ店が開いていたものだ。

「あのぉ、すみません。単2乾電池ありますか?」

こうして、電池とジュースを購入することができた。

考えてみるとこの時間帯に電池切れしてくれて本当に良かったと思う。
夜9時を回っていて商店が閉まっていなかったのが奇跡的なのだから。

それにしても、ぶっ通しで点灯したらまた切れる可能性も考えておかないと。
そう思うと、できるときにはスイッチを切って走ることも意識した。
車とすれ違う時、車が後ろから追い越していく時、街灯が明るい時など。
そんな、気を遣いつつのスリルある楽しい自転車の旅がこのあと4時間以上続く。

午後9時のサロマ湖畔は外灯も少なく、とっても暗かった。
「自転車で走る」という観点からすると暗いことはあまり望ましくはない。

懐中電灯の電池が消耗するのを受け入れるか、闇に目を凝らして走るか、
そのどちらかを選択することになる。

絶好の天体観測!

しかし、「星を見る」という観点からすると、この上ないグッドコンディション。
光に邪魔されることなく満天の星を眺めることができるのだ。

しかもこの日はペルセウス座流星群の極大日から2日目の夜。
たくさんの流星を見ることがまだまだ望める状況なのだ!

もちろん危険な走り方はできないので、センターラインを頼りにしながら
前方やや上の方に視線を送りながら走り続けた。

しかし、眼下の左側にサロマ湖の湖面が見えるようになってきた頃、
時折湖面が静まり返る瞬間に星たちが映っているのに気付いた。

「このコンディション、最高やわ。」

そんなことを思った瞬間、目を見張るほど大きな流れ星が見えた。
目の中に残像が残るような大きな流れ星だった。

この後も大小さまざまな流れ星が僕を喜ばせれくれた。
全部で14個見ることができた。

距離との戦いの中でちょっとの癒し

天体観測の喜びを感じながらのサイクリングだったが、
それと同時に時速20㎞をコンスタントに刻みながらの体力勝負もしていた。

もちろん速度メーターなどないのだが、時折現れる交通案内看板で
網走までの距離を逆算して確認していく。

だが、国道238号線のこの区間は起伏が多くなってきて、
徐々にスピードダウンしていることに自分でも気づいていた。
とりわけ上り坂で息が上がり、道路端の「クマ出没注意」の看板が
妙に現実味があって不安感をあおる。

「今ここでクマが出たら逃げられへんなぁ。上ってる坂を振り返って下るかな」
などと、弱気な考えが浮かんでくるほど。

そんな起伏の激しいサロマ湖サイクリングが2時間近く過ぎたころ、
途中の目標地点、浜佐呂間までやってきた。
と言っても夜11時になろうという時間に明かりがついているような町ではなかった。

ただ、印象的だったのは消防倉庫の扉の上で煌々と赤いランプが輝いていたこと。
そして、その直後だった。

僕の懐中電灯が照らした光を反射する二つの丸。
「ネコ?」と一瞬思ったがそれはキタキツネだった。

しばしの間こちらをじっと見つめ、とことこと立ち去る姿はとても可愛らしかった。
キタキツネを見た浜佐呂間を出てしばらく走ると強烈な坂があり、
何とかそれを上りきって勢いよく下って行った。

すると三叉路が近づいてきた。
左に行くと栄浦浜という所に行くらしい。
しかし、国道238号は右へと続いているので僕はもちろんそちらへ進んだ。

海沿いを走るルートは心地よいのだが、いかんせん
「早く網走駅に着きたい」 という願いに逆行する行動であり、
すでにかなり気温の低下も深刻になってきていた。

というわけで寄り道はせず、それでも上がらないペースのまま先を目指した。
すると、それほど時間がかかることなく大きな集落に入った。常呂町だ。
どうやら中湧別を出てからここまでの中で最も大きい集落らしい。

常呂にて

寝静まった街並みを走っていると、 ←常呂駅0.2km という案内板があった。

すでに失われし鉄路を案内する看板に何とも言えない寂しさを感じつつ通り過ぎた。
もっとも、この時点ではまだ駅舎は存在したのかもしれないが、
その後取り壊されて常呂町交通ターミナルという建物が建ったらしい。

さて、残り約30㎞であることを知り、少しほっとしたのか休憩したくなった。
それで常呂川にかかる常呂橋で足を止めた。

気温は下がっていたものの、虫が外灯に集まっていたので、
外灯と外灯の中間地点くらいの丁度良い位置で体操座りのようにして休憩した。

疲れは少し癒えたものの、体が冷えてきた。
そこで、冷え切らないうちに再度出発することにした。

そうして走り出した頃、ちょっとした異変に気付いた。
何だか左の鎖骨付近が突っ張るのだ。そしてちょっとかゆい。

右手でちょっと触ってみると、「ん?服の中に何かがおる!」
それで一旦自転車を止め、ジャージのファスナーをおろしてみると、
なんとそこにカブトムシのメスがいるではないか。

大阪育ちの僕にはカブトムシを見ることすらすごく珍しく、
大興奮なのだがちょっとタイミングが悪すぎた。
こんなところで時間をロスしている場合ではないので
道路際の草むらに逃がして僕は先を急いだ。

さぁ、これからもうひとつの湖、能取湖をぐるっと回れば網走だ。

ラスト30km!

自転車で走り始めてすでに3時間が経過しようとしている。
ずいぶん経ったなぁと思いながらも、残り30㎞という思いが僕を元気づける。

さて、左側に湖が見えてきた。もうサロマ湖ではなく能取湖だ。
とはいえ、いい景色というよりも、「入らないでください」という漁業組合の看板と
有刺鉄線が物々しい印象を残した。

この能取湖沿いのコースに入り、僕の進む方角は大きく変わった。
これまでほぼ一貫して南東方向に進んできた国道238号なのだが、
湖をぐるりと囲むように国道が通り、一時的に南西方向を向き始めた。

その時目の前には沈みかけた「いて座」があり、天の川が流れていた。
ちょうどその時、大きな流れ星がまたひとつ天の川を横切るように流れていった。

やがて卯原内集落に入った。
真夜中の真っ暗な郵便局と自販機のぼんやりした光の前を通り過ぎた。

気が付けばまた進行方向は徐々に左へ左へと変わり、真東を向いていた。
目の前高くにはペルセウス座が見えている。

そうして最後の坂をひたすら上ったらあとは勢いよく下る道になった。
やがて、右側に網走湖がちらっと見えて、あとは景色を楽しむ余裕もないほど
勢いよく網走の市街地へと下って行った。

今までの景色が嘘のように急に街の景色になったような印象だった。
そして進んでいくと、かの有名な網走刑務所の表示板が見えた。

網走市内で空腹に気付く

それにしても勢いよく下ってきたので寒さが身に染みた。そしておなかがすいた。
ちょうどそんなときに僕の目に飛び込んできたのがラーメン屋さんの電飾看板。

そう、午前1時になろうというこの時にまだ営業していたのだ。
しかも、ラーメン350円と書かれているではないか。
僕は迷わずそこで自転車を止めてラーメン屋さんに入った。

店の壁にお品書きの札がかかっている。
「ラーメン」 「味噌ラーメン」 「塩ラーメン」・・・・と、商品の名前だけ。
この時点では一番端っこに「ミニラーメン」という札があることに気付かなかった。

とりあえず僕は塩ラーメンを注文し、冷え切った手でどんぶりを包むようにして、
暖を取りながらおなかを満たしていった。 おいしかった。とっても。

ただ、350円をお店の人に渡すと、
「塩ラーメンは500円ですよ」 と言われてショックを受けた。

つまりは、あの端っこの札の、「ミニラーメン」だけが350円だったのだ。

疲れていたからか、反論する元気もなく店を出て、とぼとぼと走り出した。

「さぁて、あと何キロくらいかな?」 と、そう思ったところ、

右にその目的地である網走駅があった。あっけない幕切れだったがホッとした。
4時間半以上経過し、ついに82キロ走破したのである。
あぁ疲れた。

さて、いったいどこで寝ようかなぁ。

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