※画像は当時のものではありません
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1988鉄道旅行★北海道の目次
初訪問の前橋
前橋駅に背を向けて久しぶりの自転車にまたがった。ペダルをこぎ始めながら
「先輩、家までどれくらいあるんですか?」と尋ねた。
「そうやな。7~8キロくらいとちゃうかな。おぅ、そこに停まってるバスの行き先とおんなじや。」との返答。
普段の僕ならそのくらいの距離は自分の庭のようなものだったが、この疲れ切った身体にはちょっときついなぁと思った。とはいえ、特に先を急ぐわけでもなくのんびりと進んでくれたので思ったほど大変ではなかった。
イトーヨーカドーの前を曲がって大きな通りに出た。国道17号だ。のんびりではあるがどんどんと北上、ダイエーのマークがついたSilkPlazaというお店があり、その前を通り過ぎたあたりから裏道に入った。国道沿いとは一転して田んぼだらけの裏道。一気に気分が楽になって先へと進んだ。
やがて群馬大学が見えてきて、そのすぐ近くにある先輩のアパートに到着した。部屋の扉には何やらサインプレートに書いてあった。「表札かな?」と思った瞬間僕は吹き出した。その文字は・・・。
「ゴミ置場」。
「先輩、これはあかんでしょ。」とは言ったが、部屋の中はそんな状態ではなかったので安心した。
のたりのたりのものがたり
先輩の夏休みは特にご実家に帰るわけでもなく、やるべきことは結構早く済ませてしまうので8月の終盤はのたりのたりと時間が過ぎてゆく。そして、そんなタイミングで訪れた僕の時間もそんなのたりのたりに吞み込まれていく。
「腹減ったな。メシでも行くか。」
そう言われてすっかり甘えてごちそうになった。この、おごってもらうことを厚かましく期待したというより、高校時代からずっと先輩はそういう存在で、底抜けに面倒見の良い人なのだ。そのようなわけでこの旅行においても全て食事は御馳走になってしまうのである。今思えばなんとありがたいことか・・・。
お昼は自転車に乗ってラーメンショップ蘭蘭というところに行った。白ネギのキムチ漬けが載ったネギラーメンというものを注文し、TVから流れる高校野球をチラ見しながら完食した。キムチ味のスープを飲み干すと思いっきり汗が出たが、「あー、うまかった!」と心からの一言を放ってどんぶりを置いた。この旅行の最初、特急白鳥号では1回戦の速報を聞いていた高校野球がもう準々決勝まで進んでいる。
店を出るとすぐ隣の本屋さんに入り、先輩はササっと手に取ったかと思うと2冊も本を購入した。その後、大学の天文部の部室をちょいと見学したり、部屋に戻って本を読んだりしてのたりのたりと過ごした。読書と昼寝を繰り返して夕方になった。
「腹減ったな。メシでも行くか。」
つい6時間ほど前に聞いた、全く同じ言葉に誘われて夕食に行くことになった。今度は比較的近い「ポポ」というお店だ。徒歩で5分ほどの距離、夕闇迫る中お店に向かった。快晴の空には星が幾らか見え始めていた。
店に入ると先輩はすぐにラーメンライス!と言って注文した。
「おれはいつもこれなんや」 とのこと。
僕も右に倣えでラーメンライスを頼んだ。想像通りラーメンと山盛りのご飯が出てきた。これはご飯のおかずにラーメンということだろうか、それともラーメンを食べた後にスープにご飯を入れるんだろうか?と考えたりしたが、きっと大学生がお腹を十分に満たせさえすれば何だって構わないというメニューなのだろう。ありがたいことにご飯はもう一杯お変わり無料だった。
帰り道、夜空を見上げながら先輩はこうつぶやいた。
「枚方(大阪)の空とあんまり変わらんやろ」
確かに、牧野高校の天文気象部で一緒に空を見上げていたころと変わらない、街の明かりで白っぽい空だった。その夜は、あらためて星を見るでもなく眠りについた。群馬の夜は温かかった。寝苦しいほど暑いわけではなく、薄着でも心地よい夏の夜だった。
やっぱりアレがない!
翌朝、9時に目が覚めた。
「先輩、もう9時ですよ。」 そう言うと、
「おれは10時間は寝なあかんのや。もうちょっと寝る。」と言ってまた爆睡し始めた。
そんなわけで僕は本を読みながらしばらくの時を過ごした。そして10時半にもう一度声を掛けたら今度は起きてくれた。
さて、こうして先輩を起こしたのには理由がある。それは「アレ」が見つからないからだ。そう、前橋駅で探していた、あの北海道ワイド周遊券である。荷物をひっくり返してすべて確認したがどうしても見つからない。どこかで落としてしまったのだろうか?それとも・・・・。
とにかく、答えが出ないことを考えても何も始まらない。このままでは家まで帰るきっぷがないのだ。僕が持っているものであと切符を買うたしになるものと言えばオレンジカード数枚と帰りの新幹線の指定席券くらいだ。というわけで、まずこの新幹線の指定券をキャンセルしに前橋駅まで行った。無事にキャンセルできたが直前なので30%の手数料がかかった。厳しいなぁと思いつつも現金が幾らか手に入って良かった。
こうなると、新幹線ではない方法での帰阪となる。もちろん急行銀河など使えるはずもない。そう、あの「大垣夜行」に乗るとするか!一度乗ってみたいと思っていたし。
この安易な考えがたいへんな夜につながるとは思いもせず・・・。
出発までは再びのたりのたり
前橋駅からの帰り、市内をふらふらと自転車で廻った。すると地上を走る線路が見え、踏切がちょうど鳴り出した。上毛電鉄だ。
「お~、かみげ電鉄ですね~」と言いかけたところで即座に
「じょーもー!」と突っ込まれた。
のたりのたりと時間をかけて部屋に戻り、帰りの荷物の準備もしてまたのたりのたりと過ごした。
夕方、ここにきて3度目の「腹減ったな。メシでも行くか。」という号令を聞き、徒歩1分の「ようらく」というお店に連れて行ってもらった。十分に満たされ、休息も取り、最後の旅の準備が整った。先輩は「何かあったらあかんからこれ持っていけ」と、4千円ほど持たせてくれた。本当にありがたいことだった。
19時30分。部屋を出て、ゆっくりとしゃべりながら前橋駅に向かった。1泊の短い時間、切符騒動に翻弄された時間。それでも楽しかった。一つ一つが、いろどりとなった。
最後に、前橋駅まで送ってくれた先輩が「そうや、面白いジュース売ってるで。」と言って改札前の自販機を指さした。天文気象部時代にいろいろなジュースを探すジュース研究会というものを一緒に作っていたことを思いだす。フルーツ系ジュースならもうネタは尽きたと思いきや、そこで見たものは初めてだった。その名は「カボスジュース」。柚子でもスダチでもなくカボス。これはさすがに初めて。そして、あれ以来一度も見たことがない。一本お土産にプレゼントしてもらい、カバンに詰め込んでお礼を言った。
※ちなみに「つぶらなカボス」というジュースではありません。
改札を通り、僕は言った。「先輩、ありがとうございました。元気でいてくださいね」
「おぅ、気ぃつけて帰れよ。それじゃ!」
そう言うと先輩は自転車をこいで帰っていった。
さぁ、まずは江戸に向かうとするか。