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【1988年8月18日】雨の中で旧広尾線沿いを行く

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愛の国から幸福へ 鉄道旅行記
愛の国から幸福へ~広尾線沿いの旅

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まもなく広尾駅バスセンター

体の疲れとどんよりしたお天気のせいか、すっかりポケ~っとしてバスに乗っていた僕だが、終点が近いことを思い出してふと我に返った。

「そうだ、バスの降り口は前にあるけどこの輪行袋を担いであそこから降りるのはかなり大変だ!」

そう思ってバスの運転手さんに近づいて事情を説明しようとした。

「あの~、自転車を積んでいるんですけど、広尾駅に着いたら後ろのドアを開けてもらえませんか?。僕はこの周遊券でこのバスに乗車しています。」と言ってみた。すると・・・

「自転車?そんなもの載せたらだめですよ。」とびっくりする返事が返ってきた。

「いやぁ、JRの駅で手回り品の料金を払ってきました。」と説明すると輪行袋であることをようやく理解されたのか、「じゃぁ、ついたら後ろを開けますからそこから降りてください」と、話がまとまった。

広尾駅バスセンターにて

降り立った、雨の広尾駅。
いや、旧広尾駅舎がバスセンターとなって使われているのだが、廃止からわずか1年半というこの時点では「今にも列車がやってきそう」という雰囲気が残っていた。

雨がザァザアと降る中駆け足で駅舎内に向かい、帯広までのバスのきっぷを購入した。JRではなく十勝バスのため1500円の支出となる。ここでは周遊券の印籠は使えないのだ。考えてみれば不思議だ。広尾線の廃線に沿って走るこちらがJRバスでなく未成線のえりも岬経由のバスがJRバスのため周遊エリアとなるという意味不明さ。

とはいえ、そんなことは大したことではなく窓口で手渡されたバスのきっぷが硬券であったことに大きな喜びを感じた。実は、ここで感激したことはそれだけではなかった。なんと、広尾線の駅たちのスタンプがここに集結して押し放題になっているのだ!

広尾線・広尾駅のスタンプ

無地のノートを持っていなかったことが悔やまれるが、僕にとっては忘れられない旅の思い出の一つになった。

さて、乗り継ぎにそれほど時間の余裕があるわけではなかったのでスタンプを慌てて押した後すぐに広尾駅舎を出た。そこにやってきたのは黄色いボディーが目にまぶしい十勝バスだった。この雨降りの中でもまぶしく感じるのに快晴の日などどうなってしまうんだろう?と余計な心配をしながら、前方のドアから乗り込んだ。広尾駅構内の広尾線記念館をもう少し見たかったなぁと後ろ髪をひかれながら・・・。(広尾線鉄道記念館だった旧広尾駅舎は2018年に解体されました)

広尾駅から緑の風景を行く

黄色いバスは広尾駅を出発してすぐ交差点を左折して帯広を目指す旅が始まった。ここまで乗っていたJRバスと違って料金表が電光掲示板になっていてバス停を過ぎるたびにピピッと音を立てて表示が変わっていく。

窓の外に目をやると、どこまでも続く緑のじゅうたんが目に優しく、雨の憂鬱さを和らげてくれる。バスの運転手さんの後ろで前面展望もバッチリのパノラマ席気分で進んでいった。

広尾線・大樹~新生スタンプ

広尾線・大樹~新生スタンプ

とはいえ、廃線跡がどちらにあるのかもよくわからないまま、雨が時折強まったり収まったりを繰り返しながら進んでいる感じだった。新生駅や豊似駅といった広尾線の末端部に近い駅たちはどれ一つとして見つけられずにすすんで行った。

そうしているうちに突然家々が表れ、市街地に入ったことが分かった。大樹町だ。さて、駅の雰囲気を感じられるところはあるかなぁ・・と思って見渡したが、結局ここでもなにも見つけられなかった。ここまで、スタンプを見つめながらおさらいをしたものの、実ることはなく進んでいる。

広尾線・大樹駅スタンプ

広尾線・大樹駅スタンプ

友人から「十勝の道路」という話を聞いたことがある。とにかく大平原の中を行く道路が(特に快晴なら)ものすごく心地よいのだそうだ。それは「心地よさに酔って交差する道路を忘れてしまう」ほどなのだという。

まさにそんなことを(雨天ながらも)感じつつ進んでいて一つのことに気付いた。停車こそしないものの、何にもないところにバス停が一定間隔で立っているのだ。「ん?こんなところでどんな停留所名なんだろう?」と思って目を凝らすと、50号線・・49号線・・48号線というように番号のカウントダウンが続いて停留所の名前になっていた。おそらく交差する道路の名称なのだろう。

ちっちゃい交通ギャングたち

そんなところを進んでいた時のこと、道路前方になにやら小さく黒い影が動いているのが見えた。やがてその影はどんどん大きくなってきた。

ポツンと一軒の家があって、その横に立っているのはおそらく未就学児の男の子と女の子の2人ではないか。バスの前に2人で立ちはだかりニコニコしながら通せんぼをしている。運転手は「おいおい。」と言いながら軽くクラクションを鳴らすが全く動じない。無邪気というかなんというか・・・。運転手は時計を気にしつつも進めない。

男の子はふと思い立ったのか、家に戻って何かを重そうに持ってきた。やっと持てるくらいの大きめの石だった。「おい、やめろ!」と軽くたしなめる運転手。さらにもう一個石を取りに行こうとする男の子。

家に戻った男の子が「○○ちゃん、てつだって~」と言って女の子を呼んだその隙に、バスは反対車線を通ってその場を切り抜けた。

その時の運転手さんの「よし、今のうちだ!」という声と安堵の表情を僕は忘れない。2~3分ギャングにお付き合いした、田舎ならではの出来事だった。バスは時間を取り戻そうと先を急いで走り出した。

 広尾線・幸福駅スタンプ 広尾線・愛国駅スタンプ

「愛の国から幸福へ」~雨でにじむバスの窓

広尾線と言えば「愛の国から幸福へ」というキャッチフレーズ。だから幸福駅と愛国駅が見えたらいいなぁという思いはこのバス旅での一番の願いだったが、雨は降りしきり弱まる気配もなくなってきた。

「残念ながら駅らしきものは見えないなぁ」

強まる雨を眺めながらふと、「この道、ほんとは自転車で走るつもりだったんだよなぁ。自転車だったらどうなってたんだろなぁ。」と心の中でつぶやいた。疲労困憊だった根室標津駅で解体して輪行袋に詰め込んだ後、すっかり眠ったままの状態で自転車を連れて歩いている。重い荷物ではあるが苦楽を共にしてこの旅のすべてを僕と一緒に見つめている相棒だ。ただ、残りわずかとなった道内での日々でこの輪行袋を開くことはないなぁ、ということですっかり荷物と化した相棒との時間を複雑な気持ちで味わい過ごした。

広尾線・依田駅スタンプ

広尾線・依田駅スタンプ

最後に残す依田駅はバスのルートからは大きく外れており、期待しても無駄だった。

さて、バスの中であった出来事の最後は、一人の男性と運転手との会話だった。
「あの~、帯広には何時に着きますか?」
「17:47ですよ」
「あの~、もうちょっと早く着くことはできませんか?」

おっと、この質問をしたいと思ったことは僕もあるのだが、さすがに無理な話。そう尋ねたことはなかったと思う。運転手さんの答えは至極当然のまっとうなものだった。

「バスっていうものはね~、遅れることはしょっちゅうですけど、早く着くことはまずありませんわね~」

質問した男性は何かをあきらめるかのように引き下がっていったのだが、彼をあざ笑うかのように市街地の渋滞が始まった。道路は結構広い所だがノロノロと進んでいるように感じた。果たして遅れはどれくらいになるんだろう?さっきの男性は予定に間に合うんだろうか?他人事ながらいくらか心配していたら駅が見えてきた。何と定刻通りの到着。渋滞する時間帯のことはちゃんと織り込み済みだったのだろう。

僕は手元にあった硬券のバスきっぷを名残惜しみつつも運転手さんに渡した。バスの先頭近くに大きな荷物をもって座っていたのでさっさと降りなければならず、きっぷをもらえるかと交渉するほどの図太さはなかったのだ。いや、それより後ろにいたあの男性のこともいくらか心配して遠慮したのかもしれない。

いずれにしてもバスの旅は終わりを告げた。

この後に待っているのは2夜連続の412レ、急行まりも号の夜の旅である。

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