SLやまぐち40周年の軌跡
8月1日。それはSLやまぐち復活記念日である。国鉄が非電化区間をディーゼル化して無煙化が完了した1976年からわずか3年目ではあるが、全国のSLファンの願いかなって1979年に運転を開始したあの日から40年の歳月が経つのである。40年というとほとんどの車両が引退を迎えるくらいの年数であるから、その間のメンテナンスやトラブル対応に計り知れない労力がつぎ込まれてきたことが容易に想像できる。
しかしながら、30周年を迎えてからあとの10年は様々な変化があった10年だったのではないだろうか。まずは30周年記念運転の様子から振り返りたい。
2009年8月1日「30周年」
快晴の日差しの下、記念セレモニーが盛大に行われて特別ヘッドマークのお披露目、取り付けなど、一つ一つの演出に大勢の人が注目しながら出発の時間を待つ。この日の目玉はデビュー当時と同様のブルーの12系客車だった。この年の春に寝台特急富士・はやぶさが廃止され、山陽本線からブルートレインが消えたばかりだったからか、12系のこの車両を「ブルートレイン」と呼んで喜んでいる乗客・観客の姿を散見したことを記憶している。
デビュー当時の再現という意味合いでは、12系客車もさることながら、当時当たり前に思えたC57-1による牽引であったことも忘れることはできない。ほぼ一貫してメインの牽引機として先頭に立ってきたのは紛れもなくこのC57-1であった。もっとも、予備機としてあるいはイベントなどでの補機としてC58-1やC56-160などが使用されることはあった。それでもやはり、C57-1こそがSLやまぐち号の機関車と言って過言ではなかった。
「貴婦人」とも呼ばれるほどバランスの良い華麗なスタイルは確かに美しく、復活SL第一号に相応しかった。だからこそ、C57を含めたこの編成でのデビュー当時再現を見られたことは大きな意味があった。
しかも、1979年当時は賛否両論を巻き起こした集煙装置についても、当時の様子を示す「個性」として見事に再現されていたのも記念イベントとしては良い選択だっただろう。
たった一つ、ここも再現してほしかったと思ったのはナンバープレートの色だった。この日のプレートは通常通りの黒だったが、デビュー当時は赤。あの赤いプレートが特別な印象を与え、華を添えていたように思えるのでその部分までこだわって欲しかったのだ。(画像は、別の機会に再現された際の赤いナンバープレートでのC57-1)
そして40周年記念イベント
2019年8月1日。40周年を迎えるSLやまぐち号ではその赤いナンバープレートが装着される。そしてその日限りのものではなくデビュー当時からのヘッドマークと12系時代のテールマークを取り付けることによって、やはり「当時を彷彿とさせる」ことを意識しているという。
ただ、このたびは30周年の時とは全く違う点も多い。まず挙げられるのがSLそのものがC57-1ではなくD51-200だということ。前述のとおり「貴婦人」と呼ばれた姿と比較するとスタイルという点では全く異なる印象の機関車である。しかしながら、D51は一形式の機関車として最も多く製造された形式であり、SLの中のSLといってもよい形式。だから全く別の価値観ではあるが、SLやまぐち号牽引の任を受けるに全く不足のない機関車なのだ。
もう一つの大きな変化は、何といっても35系客車の投入だろう。時刻表を見ると以前から「レトロ客車」と書かれており、全く違いがあるようには見えないのだが2017年9月から活躍を始めた35系客車は戦前の旧型客車を再現するようにして新造された車両であるのに対し、それまでの車両は12系を改造したレトロ車両だった。
このように変化はあったわけだが、どの部分に関しても否定的に見るつもりは毛頭ない。それらはいずれもSLやまぐち号に対する熱い思いの表れだと思えるからだ。
SLやまぐち号に注がれる情熱
12系レトロ客車
改造車だからと侮るなかれ、5両編成の一つ一つがよく作りこまれた個性的な車両になっていたのだ。開放式展望デッキをもつ1号車に始まり、欧風客車、昭和風、明治風、大正風とそれぞれの時代の特徴を反映した車両は「また乗りたい列車」としての素質が十分な列車だった。外観も、連結面や裾の絞り込みなど12系らしさが所々にあったものの、全体としてはレトロな雰囲気を随所に演出しておりレトロ客車として十分に通用するものだったと言えるだろう。国鉄からJRとなったばかりのJR西日本の本気が感じられたものだった。
レトロな魅力満載の35系
「最新技術で快適な旧型車両を再現」をテーマにして新製されたこの車両は「これからもまだまだ長い間SLやまぐちが走り続けます!というはっきりとしたメッセージを示すものになった。2018年に発表された第61回ブルーリボン賞においても、「開発コンセプトを高いレベルで具現化した点や蒸気機関車列車を永続的に運行するための一つの方向性を示した」ということが高い評価につながり、トランスイート四季島やトワイライトエクスプレス瑞風といった横綱級の列車たちを押しのけての受賞となったのだ。まさに大金星である。快適性という点では温水洗浄便座付きトイレであったりバリアフリーにかかわる部分、そして100V電源のコンセントなど多岐にわたっている。
D51をレギュラー投入
現在の牽引機となっているD51-200は京都・梅小路蒸気機関車館(現・京都鉄道博物館)での構内運転を行っていた動態保存の車両だった。だから本線復帰は簡単なことのように思えるかもしれないが、現実には大きなハードルが立ちはだかっていた。やはり構内を低速で運転するのと現役時代と同等の性能を発揮するのでは全く条件が異なるからだ。
2014年から全般検査が行われ、1年以上を経た2016年春ごろには見通しが立ってきたように思えたのだが、その秋の試運転を前に輪軸の不具合が起こるなど、時間と労力がかかる状況が相次いだ。
それでも不具合が生じた部分の部品を新製して対処する。何度問題が生じてもそのすべてを乗り越えてきたところにSLやまぐちに対するJR西日本の大きな期待と愛情を感じることができるのだ。
ほかのSLもやまぐち号に続いてくれるだろうか
さて、ブルーリボン賞の受賞理由からもわかるように、SL運転は一時的な客寄せというのではなく永続して運転する計画となることで大きな財産となるだろう。現在最も多くSLを運転しているのはJR東日本で、SLばんえつ物語号、SL銀河、SL碓氷などがある。それらは今後も盤石なのだろうか。機関車のメンテナンスはもちろんのこと、客車のこともこれから真剣に考えていかなければ近い将来終焉を迎えてしまうことが想像できる。SL銀河については客車のようでいて気動車であるため特殊なケースではあるが、ほかのSL列車はすべて客車での運転なのである。
SLがこれからも観光資源として、動く鉄道遺産としての価値を保つために、35系客車の例に続いてJR東日本などでも客車の新製をして「永続的運転の方向性」を示していってくれることを心から願いたい。そうなったなら35系の時にそうであったように再び心からの賛辞を送りたいと思う。