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【1986年8月】鉄分よりミネラル・・・隠岐の島の旅

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◆島にも鉄分がある?

隠岐の島で、高校1年の夏休みのほとんどを過ごした僕は、
この島で一人のおじさんと知り合うことができた。

先日布施村の浄土が浦に行った時に親しくなったおじさんだ。
そのおじさん言わく、「おき西郷港」で国鉄の指定券を買える窓口があるらしい。

それを聞いて僕は早速、渡船場に行ってみることにした。

「船の切符売場やというのに、国鉄のマルスの端末機械があるんかな」
とかなんとか思いながらワクワクしながら行ってみた。

そして窓口でおじさんに向かって言ってみた。
「8月21日発の だいせん6号、指定席で米子駅から大阪駅。乗車券は不要です」

すると「わかりました。暫く待っていてくださいね。」とのお返事が。

マルスの端末機らしきものはどこにも見当たらない。
そしてその職員さんは突然どこかに電話を掛けはじめた。

「え?どういうこと?いったい何しゃべってるんやろ。・・・・・ん?」

すると、約2分経過して「お客様、指定券取れましたよ」とのこと。
そう、やはりここにはマルス端末などはなく、
国鉄米子駅に電話して空席があったら手書きの切符を作るという方式なのだ。
それでもしっかり切符には国鉄券の模様が入っている。
この国鉄最後の夏の切符が、今でも僕の貴重なコレクションの一つとなっている。

日本海の離島、本土から60キロも離れた隠岐の島。

離島ならではの常識、文化、風景、人柄、色々な“ミネラル”を楽しめた夏。
でも、いかんせん鉄分がゼロ。

さて隠岐の島での最後の数日、まだ行っていない所にも幾つか連れてってくれた。
隠岐・島後の西側の村、都万村に泳ぎにも行った。これで4町村制覇だ。
奥津戸というところで泳いだが、イシダイの小さいのがいっぱい!

この海は本当にきれいだった。
そしてカニがチョコチョコ歩いている。赤いのや褐色のもの、ワタリガニまで。

それから隠岐空港にも連れて行ってもらった。
建て替えを目前にひかえた時期の、小さな建物が印象的だった。

◆ついにさよなら隠岐の島!

さあ、隠岐の島から離れる日がもう目前だ。
おき西郷港の窓口で購入しておいた、手書きの切符を使う時が近づいた。

僕の帰りのルートは、隠岐汽船の七類港まで船に乗り、
七類港からは、島根半島と弓ヶ浜の境港市を結ぶ境水道大橋を自転車で渡り、
境港駅から境線に乗るという計画だ。

隠岐の島から本土に渡るにはマリンスターという高速船を使うと速いのだが、
何と言っても運賃が高い。(すでに引退)
僕はのんびり航海のフェリーおきじ を利用した。

七類港に到着。
ここから境水道大橋は意外と近いらしい。

確かに走り始めてまもなく、その大きな橋が見えた。
しかし! 何だかずいぶん高い所に見えるじゃないか!
そこからの上り坂は14%!

その後今に至るまで標識に14%もの数字が表示されているのを見たことはない。
とにかく強烈なインパクトある坂をのぼって橋へ。
この時は自転車も通行料金(たしか30円?)があり、それを支払った。

そして坂を下って右へと曲がると境港駅に到着。
ついに、ちょっと欠乏していた鉄分を味わえる時が来た。
長い長い夏の旅行が最後の鉄道編で締めくくられようとしている。
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