急行いわて号◆トレインデータ!

急行いわて号の簡単な解説

◆ 上野~盛岡を常磐線経由で結んでいた急行列車。1956年11月19日に不定期列車としてデビューして1982年11月15日改正まで途絶えることなく活躍したが、列車の性格としては大きく2つの時期に分けられる。

1956年11月19日に常磐線経由の不定期夜行急行として登場したのが始まりだが、急行いわて号の存在意義は「首都圏~北海道の旅客向けでない東北急行」というところにあった。とりわけ上り列車においてはそれまで座席の確保が難しかったのが、盛岡発とすることによって大いに緩和されたようで非常に好評だったと言われている。まさに都市間輸送に特化したことが成功した列車といえる。この評判が区間延長につながっていく。

1957年10月には不定期ながら青森直通となり、1960年6月からは上野~盛岡の区間が定期列車に昇格した(寝台車の連結は盛岡まで)。そしてついに、1961年10月改正で上野~青森の定期夜行急行となった。こうして、元々の存在意義が変わり「北海道連絡列車」としても利用されるようになった。こうして、「急行いわて」の名がピッタリになったり不似合いになったりを繰り返していたのだが、この列車を急行十和田に編入することになった。その大きな変化が訪れたのは1965年10月1日改正。、ちょうど東北本線が盛岡まで電化完成したタイミングと重なったこともあり急行いわて号は455系の電車急行として再出発することになった。ちなみに、北部区間において見られたSLの三重連(D51×2+C60)が当時話題となっていたそうだ。

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455系での設定は昼行2往復でスタートした。同じ上野~盛岡ではあるものの常磐線でなく東北本線経由に変更された。1等車・2等車・ビュフェ(サハシ)をも含む12両編成で、8時間で走破するものもあった。1966年10月には客車による不定期急行ひめかみ号を電車化して編入し、3往復となったが、1967年7月に磐越西線が電化されたのを機に、急行いわての基本編成が7両に大幅減車され、急行ばんだいなどの磐越西線直通急行との併結となった。

1968年10月改正では夜行急行きたかみ号を編入して3年ぶりに夜行の急行いわて号(フル編成)が復活したが、同時に昼行の1往復が不定期列車化され、特急やまびこ特急はつかりに主役の座を奪われ始めていった。1978年10月には昼行・夜行1往復ずつとなり、少しずつ勢力を奪われていった急行いわて号だが、東北新幹線大宮開業の1982年11月15日改正まで同区間の在来線特急群とともに愛称は存続した。

補足:ビュフェは1977/9/11から休車。

急行いわて号の愛称とヘッドマーク

「いわて」という愛称を聞いて「岩手県」と結びつけるのは自然なことではあるが、実際には「岩手山」が名前の由来なのだそうだ。

ヘッドマークについては、なかなか鮮明な資料写真が入手できないためトレースは行なえていないが、電車化されてから1967年7月改正までは「逆台形にウィング」という形状のヘッドマークを装着していた。期間にすると2年にも満たない短い間だったことになる。

しかし、単独運転から急行ばんだいとの併結運転へと切り替わったため、そのタイミングでヘッドマークが廃止されてしまったようだ。複合ヘッドマークという発想がまだなかった時代ゆえの残念な姿だった。

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