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【時刻表ウォッチ】1972年にタイムスリップして青春18きっぷが使えたら・・・

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1972年時刻表 tt-watching

古時刻表コレクションに1972年が加わった

1972年時刻表先日、日本海ファクトリーの鉄道本棚に貴重な資料が加わりました。それは上記の1972年を始め、十数冊の古時刻表です。ヤフオクで落札しました(笑)。

そこで、昔よくやっていた時刻表・机上旅行をやってみようと、ページをペラペラめくってみました。もう今から45年も前のものですから、紙面の色褪せもいい感じなのですが、それ以上に列車設定の面白さがものすごく目を引きます。

さて、学生時代は京阪沿線に住んでいた私にとって、出発点は京都・または大阪あたり(そこまでは自転車、そして輪行)なのですが、やはり1982年に登場した「青春18きっぷ」を駆使する旅行をいつも考えていたことを思い出します。

今も昔も鼠ヶ関!?

青春18きっぷを使うなら、当然のことながら「一日の早い時刻に旅行を開始して最終列車まで乗ってどこまでいけるか」という発想が湧き上がってきます。

たとえば、私が高校生だった1986年当時のことですが、早朝に京都駅を出発して日本海縦貫線を北上することを想定して時刻表をペラペラ。

「う~ん、湖西線は長原で運転系統がほとんど切れるから曲者やなぁ」。そんなことを思いながら。この、当時のデッドセクションは確かに行く手を阻む困ったやつで、米原回りでも同様。でも、この早朝時間帯では米原回りが有利でした。

羽越本線・鼠ヶ関駅そうして、北陸本線・信越本線と北上を続け、羽越本線に入ります。乗り継ぎ乗り継ぎ何とかたどり着けた駅は、新潟県を抜けた最初の駅、山形県の鼠ヶ関駅でした。(写真は近年の姿)

あれから約30年過ぎた2017年現在。

同じことをやってみると、なんと同じ鼠ヶ関駅までしか行けないんですね。(しかも1時間も到着が遅い!)。その上、青春18きっぷは使えなくなっています。

で、参考までに、手元にある1984年1982年の時刻表を見てみますと、実は鼠ヶ関駅に到着する列車がさらに先へと行く列車につながっていることに気づきました。鼠ヶ関発で酒田行きの231Dという列車で、酒田駅には23:06(1982年)到着です。

いい時代だったんだなぁ」なんて思いが頭をよぎったその時です。「あ、1972年の時刻表だったらもっと違う結果になるんかな?」という疑問とも期待ともつかぬ思いがさらに湧き上がりました。

もっとも、1970年代には青春18きっぷはまだ登場していなかったわけですが、「もしもあったら」ということでまたもや時刻表をペラペラとめくり始めました。

京都からデッドセクションを抜けて北陸路へ

● 湖西線がない!

古い時刻表を見ると時々あらためてショックを受けることがあります。それは今なら当然あるべき路線がないこと。そして逆に、今では考えられないような路線ルートの選択肢がいっぱいあることです。

このたびは前者。北陸路への大動脈となっている湖西線がない! そうです。湖西線の開業は1974年7月20日。今回開いている時刻表はさらに2年以上前のものです。

● 北陸方面への始発列車は・・・

525レ

そのようなわけで、北陸本線の時刻ページは基本的に米原以北となっていて、大阪・京都の時刻は参考程度に添えられる形になっています。

で、京都を朝の5時または6時台に出発する列車があるかな?と思ってページを開いてびっくり。なんと、夜行の鈍行列車があるではありませんか。新潟行きの525列車です。

このページで見る限り、京都出発は23:15で、日付が変わる前で、米原が0:45となっています。ですからちょうどその中間あたりで日付が変わるはず。「東海道本線・山陽本線」のページで確認したところ、近江八幡駅0:01となっていました。

ですから、青春18きっぷをよく御存じの方にとって常識の通り、京都~近江八幡の切符を別途用意して、近江八幡駅から青春18きっぷを使用すればいいことになります。(くどいようですが、この当時18きっぷがあったらの話ですからね)

●夜行列車は青春18きっぱーの強い味方!

北陸路への乗り継ぎの難関として立ちはだかっていたデッドセクションもなんのその。寝ている間に通り過ぎてくれる夜行列車ってすごい!そんなことを思いつつ、列車の運転時刻を確認します。

福井:2:50発・・・金沢4:39発・・・富山6:20発・・・直江津9:26発。
そして終点の新潟駅には13:47着です。

客車鈍行の乗り心地だの、かかる時間が気が遠くなるレベルだの、そんなことは置いておいていいんです。すでに乗れない列車ですから(笑)。でもとにかく、一本の鈍行列車で大阪から新潟まで(約600km)行ってしまうところが半端でない設定ですね。京都~山陰経由~下関(678.9km)の829レという鈍行列車もまだあった時代ですし、探せばびっくりする列車がまだまだ出てきそうです。

21世紀に入ってもしばらくは快速ムーンライト○○という列車が青春18きっぷ利用者に強く支持されていたように、夜行列車で距離を稼ぐという考えはものすごい効率を生み出しました。

鼠ヶ関駅を超えてどこまで行ける?

さて、新潟駅に着いてまだ午後2時前。残り10時間もあれば、「いったいどこまで行けるんだろう?」と期待が膨らみます。

 

新潟からは933D新発田行きというやや速達タイプの列車に乗ります。

一つ飛ばしで進んで終点・新発田駅に14:31着。

新津からやってくる鼠ヶ関行き623Dに乗り換えることになります。15分ほどの乗り換え時間の猶予があります。

実を言うと、先ほどの525レを新津駅で降りても、約1時間待ちとなってこの623Dに乗るタイミングとなるのでどちらを選んでもOKです。とにかく少しでも長く乗っていたい人、「駅そばでも食べる時間がほしい」人など、それぞれの楽しみ方ですね。

さて、この623D。行き先は例の鼠ヶ関駅です。まだ夕方の16:52に到着してしまいます。日付が変わるまであと7時間! まだまだ余裕? ところがここからがローカル線の壁。思ったようにはなかなかいきません。

運転本数激減区間あり!

16:52に鼠ヶ関に到着したものの、そのあとの乗り換え可能な列車は18:41発。なんとここで一気に2時間ほどのロスが出てしまいます。

ちなみに、もしここから現在の時刻表(2017年)にすり替わることが出来れば、乗り換えが進んで一気に東能代まで行けちゃいますが、そこが悲しいかな、うまくつながらないのです。

結局、鼠ヶ関18:41の841Dに乗って到着した駅でThe end.。その駅とは羽後本荘駅、時刻は22:25でした。鼠ヶ関~羽後本荘の距離が127.9kmということで、「よくやった。大したもんだ!」と思うか、「夜行列車で距離を稼いでこの程度かよ~」と思うか、そこも人それぞれでしょうね。

夜行列車の楽しい世界と、今では想像もつかないほどの鈍足、そしてつながりの悪さ(笑)。あの頃は良かった・・・という言葉だけで片付けられないところが旅の醍醐味、そして時刻表の面白さですね。

 

 

 

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